鈴木 智博
インクグロウ株式会社 代表取締役社長
2000年株式会社ベンチャー・リンク入社。
名古屋支店長、事業会社の取締役等を歴任し、2011年MEBO(経営陣と従業員による企業買収)形式にて独立、副社長を経て2014年より現職に就任。独立時、債務超過であった当社に自己資金を投入し事業再生を手掛け、現在に至るまで最高益を更新中。 著書に『~後継者の経営力向上入門~戦略的中期経営計画で会社は変わる!』

 1973年にシステム科学研究所が始めたビジネス教育に端を発し、長い歴史の中で発展してきた早稲田大学ビジネススクール(WBS)。「実践的な知識の創造」をミッションのひとつに掲げ、第一線で活躍する実務家教員と研究者教員が多様なプログラムを提供する、日本最大規模のビジネススクールだ。在学生や卒業生のネットワークも強く、大きな「ラーニング・コミュニティ」を形成している。

WBSが提供するプログラムのひとつである「夜間主プロフェッショナル(マネジメント専修)」は、入学前に専門分野と指導教員を選択し、1年次からトップクラスの指導教員のもとで学習を深めるプログラム。インクグロウ株式会社を経営する鈴木智博さんはこのプログラムの修了生だ。
 

中小企業の事業引継ぎを支援する経営者

 インクグロウ株式会社は、地方銀行や信用金庫といった地域の金融機関と提携し、中小企業の事業引継ぎを幅広く支援する会社。日本全国で中小企業の後継者不足が問題となっている中で、後継者の育成事業をはじめ、M&Aのアドバイザリーや仲介、事業引継ぎマッチング支援といったサービスを提供している。
2011年に同社が前身から独立した際、副社長だった鈴木さんは自ら出資して経営に携わり、2014年には代表取締役社長となった。

「以前より、ずっと最新の経営学全般を体系的に学び直したいと思っていました」と当時を振り返る鈴木さん。「これまで仕事柄、経営について自分なりに勉強してきたし、経営者としての経験も積んできました。一方で、経営学はそれ以上のスピードで進化してきている。正直、独学での限界と自分がこれまで学んだ経営学の知識がこれからの新しい時代に向けて適応していけるのか不安がありました」

「将来の事業展開を見据えて、長いスパンでこの会社の成長角度を高めたいと考えたときに、これまで自分の得た経験値だけで戦うのは厳しいなと思った。学び直して自己革新し、会社の成長につなげるタイミングは今だと思いました」

経営を学びなおそうと考えた鈴木さんは、「夜間であること、カリキュラムの豊富さと質、そして『事業創造とアントレプレナー』モジュール担当教員の長谷川博和先生の門下で学びたいという気持ち」から、1年間の社内での準備期間を経てWBSに出願し、2017年に入学した。

WBSに通って:学習の姿勢と議論の姿勢が問われる環境で

 「通ってみると実際にWBSのカリキュラムは多彩でした」と語る鈴木さん。

「すぐに答えが出せないテーマについての、ディスカッションやケーススタディを中心とした授業の数々。問題について深く考え、自分の意見をその場で整理して発信する。能動的な学習姿勢が必要になります。これは、正解のない中で決断をしないといけない経営の現場にも通じるものでした」

中でも印象深かったのは新規事業の作り方を学ぶ『スタートアップ・ファクトリー』だという。これは「5,6人で1チームを組んでビジネスプランを策定し、教授や学外の審査員にプレゼンをする」という講義。鈴木さんのチームはコンペで優勝し、シリコンバレーに行ってプレゼンをした。

「ディスカッションは大変でしたね。意思決定者がはっきりしている会社と違って、ここではみんなが対等なクラスメイト。フラットな関係で毎回ガチンコの議論をしました。議論が白熱しすぎて喧嘩になるようなこともありました」と鈴木さんは笑う。

「でも、その場では大変だけど、同じベクトルに向かった者同士であれば、真正面から本気でぶつかるほど後に相互信頼が生まれ、その関係は時間と共により強固となるということも改めて学んだ。それまでは経営者としてトップダウンの意思決定をすることも多かったのですが、私自身の議論のやり方を見直す機会にもなりました」

鈴木さんのチームはシリコンバレーでも最高の評価を得た。このときの過程で生まれた自らの構想と個人の論文執筆過程での研究を融合させたビジネスモデルが、現在会社で取り組んでいる金融機関との提携関係を生かした新事業「小規模事業者向け事業引継ぎプラットフォーム」の原型になっていると鈴木さんは明かす。
 

経営者へのインタビューで自分を見つめなおす。経営の軸が明快に

 「経営は、理論と経験をベースとするもの。根来龍之先生の言葉でもありますが、理論だけだと限界もあるし、経験だけでも足りない」と鈴木さん。「現役経営者として、学んだことを会社にすぐ導入しながら、理論と経験を両輪にした思考の軸を養う日々を過ごした」という。

ゼミで執筆した論文も会社事業に直結したものだった。
「テーマは『ベンチャー企業におけるリカーリングモデルの研究』。BtoB企業で定額及び従量課金を採用するサブスクリプション型のビジネスモデルについて研究しました」

論文執筆のために20人近くのマザーズ上場の新興企業の経営者を取材したことも、鈴木さんの「思考の軸」とつながった。
「上場企業経営者というと華々しく聞こえるけど、みんなめちゃくちゃ苦労している。彼らの強烈なメッセージを通じて、ベンチャー企業において新たなビジネスモデルを推進する原動力の一つとして『経営者自身の周囲を巻き込む力(先見性・構想力・突破力)』は特に重要であることを論文に反映しました」

「その中で自分に足りない要素も強みも意識する機会を得た。未だ未だ自分は『周囲を巻き込む力』が足りないと思って刺激をもらった一方で、自分の強みは事業再生から始まった会社の経営者としての『忍耐力であり、やり抜く力』だとも思った。自分もIPOの実現に向けて腹をくくろうと思うきっかけのひとつでした」

6万字に及ぶ論文を執筆したことで思わぬ副次効果もあった。執筆が習慣化され、WBS修了後の今年5月にはWBSで得た知見を生かし、これまで地域金融機関と連携して行ってきた中小企業の後継者向け経営塾の内容をまとめ書籍を出版したという。

2年間のWBS生活を経て、「自分の経営の軸が明快になり、迷いがなくなった」という鈴木さん。「心の中の目標に着火された」という。
「自己革新を促されましたね。変化の後押しをしてもらいました。知見も、人脈も広がり、未来の可能性を広げてもらいました」

「以前から会社を上場させようという目標は持っていましたが、実現に向けて公にコミットできていないでいた。でも今は、実現に向けた準備を始めながら、IPOの先に何をするかという長期ビジョンを常に考えている。私たちが目指すのは、中小企業の事業引継ぎ支援No.1カンパニーです」

 

正解がないのは人生も経営も同じ。でも今は同志とメンターがいる

 「過去と他人は変えられません。変えることができるのは自分自身と未来だけ。自分自身の未来を変えたければ今の自分を変えるほかない。私にとっては未来を変えるきっかけはWBSでの学びと出会いの機会でした」と語る鈴木さん。

「でも、ただ受け身の姿勢で来るのではなく、自分はどうしたいか、どういう人生を歩みたいかを考えることが大事です。真正面から自分と向き合って、目的や意識を問い続けなければならないのは、経営も人生も同じです」

「それって、答えはないんですよね。正解のない問いかけを自分に対して続けていくのは、不安も大きいし、しんどいこともある」

「だけど、WBSで仲間ができた。青くさいことも本気で議論できる『同志』ができた。決めるのは自分だけど、出会いの中での示唆は大きいです。メンターもできた。ゼミの長谷川先生はもちろん、論文の副査をしてもらった瀧口匡先生、米田隆先生もそう。経営をしていると孤立感を抱くときもあるけれど、そんなときも今は相談できる相手がいるという心強さがあります」

有意義な2年間でしたかと問われた鈴木さんは、「本当の意味で有意義にできるかはこれからの自分次第。会社の成長角度を高めるという入学時の目的を果たすために、これから一歩一歩階段を上っていくことが大事だと思っています」と締めくくった。

<取材後記>

 WBS在学生の中には、現役経営者も多数を占める。企業に勤める学生、経営者、様々なバックグラウンドの学生たちが机を並べ、議論を交わす環境はなかなかない。

問題意識を強く持ち、自らの人生について問いかけを続けるのはときに孤独だ。だが、彼らが集まって心強さを感じながら議論を続けることはそのまま「ラーニング・コミュニティ」となる。「今も頻繁に会う同志です」と同級生を語る鈴木さんに、生き物のように進化を続ける「ラーニング・コミュニティ」の力強さを感じた。


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