工学技術にデザインが融合する建築分野。規格化や大量生産の可能性を前提とする他の工学分野とは異なって、他人と違うことをデザインしないと価値が出ない「一品生産」のものづくりが前提だ。学問としての教育研究内容も幅広く、育成する人材像も異なっている。
こうした建築分野の特殊性を考慮し、日本工業大学は平成30年度より建築学部を独立させる。
「現在は工学部の中に建築学科と生活環境デザイン学科が存在するが、建築学部を独立させた後は、建築コースと生活環境デザインコースの2コース制として残す」と話すのは成田健一・建築学部長。
「幅広い分野を学べる教育体制を目指して、2学科ではなく、教員がより連携できる2コースとした」のだとその意図を語る。「学生たちにとっても、建築コースと生活環境デザインコースの垣根をなくすことで、自らの気づきに従って学びを広げる機会を提供できる」
2コースの学生が学ぶのは、技術だけではなく、暮らしのデザインやまちづくりの視点だ。建築コースでは建築の技術とデザインを融合させたまちづくり・地域づくりを学び、生活環境デザインコースでは、建築学をベースに、室内空間や住環境といった生活空間づくりを学ぶ。
「暮らしをデザインする」
いま、社会の高齢化は急速に進み、「福祉」のあり方についても様々な視点で考えることが必要となってきている。
「そこでは、建築や環境工学を軸にした福祉空間の設計も重要になってくる」と成田学部長。
誰もが暮らしやすい身近な空間(ヒューマンスケール)を設計し、生活や地域、居住空間をデザインする。高齢者も、障がいを持った人も、特別な扱いをされることなく、当たり前に居心地よく暮らせる環境を作ることが究極の福祉だと話す。
例えば、高齢者の生活居住環境が、健康の阻害につながっていることがある。
「高齢者の住宅に調査に赴いて、家の中の温度ムラに気付くというケースがある。バリアフリーというのは段差の話だけではなく、生活のバリア全般のこと。こうしたバリアの存在を突き止め、建築や環境工学の専門性を持って対処することが、健康寿命を延ばす助けになる」
このケースでは、窓の改善や断熱改修など「温度のバリアフリー化」を図ることで、高齢者はぐっと元気になったのだという。
高齢者も安心して暮らせる「スマートウェルネス住宅」作りは建築の専門家だからこそできること。「医者が治せなかった病を、住環境の改善を通して建築家が治せることもある」と成田学部長は話す。
そこに、建築や環境工学の技能を持った専門家が果たすべき役割がある。
建築や環境工学を通じて、街を元気に
それぞれの専門家ができることで社会を支え合おうという「多職種連携による地域包括ケアシステム」の必要性はこれからも高まる。
ノーマライゼーションを家だけでなく地域にも広げることも重要だ。「住宅を高齢者に住みやすいように設計したり、コミュニティスペースを地域の中に作ったりしていくことで、病院ではなく「住まい」が中心になって高齢者を支える社会が実現するかもしれない」と、成田学部長は未来を見すえる。
本学部で学ぶ学生たちはそんな未来の担い手だ。身近なデザインから学びを始めて、家の性能や地域全体を俯瞰する学びへとつなげる。環境工学を通じて、まちづくりを学び、高齢者を元気にする地域をつくる。
「生活環境デザインコースの学生だけでなく、建築コースで学ぶ学生にも、暮らしのデザインのマインドは持ってほしい」という成田学部長。
新設された建築学部2コースは、コース横断的に、「幅広い分野の広がりを持つ建築学部ならではの学びを提供できる」と胸を張る。
現場を知ることが重要
現在も進行中の「彩の国連携力育成プロジェクト」は、体験学習を通じた多職種連携プロジェクトの好例だ。
医薬・福祉・建築分野の専門職を養成する埼玉県内の4大学が、地域の医療福祉に取り組むプロジェクト。多様な専門的知識を持つ学生たちが連携して、住民の暮らしを支える福祉空間の充実を目指して共同実習を行っている。
「学生たちは、建築の職能がどういうところで社会に貢献するのか、入学したときにはまだ分からない。体験実習を通じて早い段階で現場を見せ、想像できるようにすることで、学生の問題意識は大きく変わる。モチベーションも上がる」と成田学部長。
本学の建築学科・生活環境デザイン学科を卒業した学生は、建築系業種へ進む割合が高いのが特徴だ。設計事務所やハウスメーカー、ゼネコンの現場での施工管理、設備会社や測量会社、まちづくりのコンサルティング会社、公務員など、進路は多岐にわたる。
「目的意識をはっきり持つ学生が多く、進路に関するブレが少ない」と成田学部長。
「建築を学ぶ4年間で、建築という職能を社会の中で生かせるビジョンをしっかり発見してもらいたい」と熱を込める。
<取材後記>
「自分の職能を見つめ、専門性を社会全体の中で位置づけることが大切。設計をするためには社会を知り、現場を知ることが必要だし、他人の痛みが分かることが必要だ」という成田学部長。
空間の心地よさ、ゆたかさという目に見えないものを作るために、目に見える設計を積み重ねていく。そのためには、感覚と技術をつなげる想像力がなければならない。
現場でリアルな感覚を経験することで、設計した後の「もの」をイメージできるようになることの重要性をひしひしと感じた。
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