1月26日夕刻、大手格付け会社スタンダード&プアーズ(S&P)が、日本国債の格付け(日本の自国通貨建て長期ソブリン格付け)であるAAのアウトルックを、安定的からネガティブに変更すると発表した。「日本の財政の柔軟性が低下している」ことが、その主な理由とされた。

 S&Pの発表文には、「日本の経済政策の柔軟性が縮小しており、財政圧力・デフレ圧力を食い止める対策がとられなければ、格下げになる可能性があるとみており、今回のアウトルック変更はこの見解に基づく」「民主党政権の政策では、財政再建がスタンダード&プアーズの従来の予想より遅れるもようである」「重い債務負担と人口の減少傾向に鑑み、経済指標が弱さを示したまま、中期的な成長戦略がとられなければ、格付けを1ノッチ(段階)引き下げる可能性がある」といった記述が並んだ。「重い債務負担」と「人口の減少傾向」を並べたあたりに、強い説得力を筆者は感じる。

 もっとも、日本の「高水準の対外純資産残高、準備通貨としての円の地位、世界的な金融危機に対する耐性を示した金融セクター、多様化された経済」ゆえに、「たとえ財政再建がさらに遅れて格下げとなった場合でも、『ダブルA格』にとどまるだろう」とされた。

 日本国債の格付けに関する過去の動きを調べてみると、S&Pから悪い方向の発表がなされたのは、2002年4月にAA-へと格下げになって以来、実に7年9カ月ぶりのことである。ムーディーズとフィッチを含めた主要3社についてみた場合でも、フィッチが2002年11月にAA-に格下げして以来、7年2カ月ぶりのことになる。債券市場に代わって格付け会社の側から、日本の財政・経済政策運営についての明確な「警告シグナル」発信が再開された、実にエポックメーキングな出来事だと、筆者は受け止めている。

 上記発表直後の市場の反応だが、債券先物は夜間取引で売られたものの、十数銭下げた程度で、影響は軽微。外為市場では、中国の準備率引き上げ関連報道や日銀会合での政策現状維持などを材料に円買いに傾斜していた向きが、あわてて円を売り戻した結果、ドル/円が89円台後半から一時90円台半ばまで揺り戻す動きになったが、あとが続かなかった。昨年10~11月には2010年度予算案の編成作業をにらみつつ、債券市場で「悪い金利上昇」が発生したが、持続性はなかった。「マーケットからの警告」は、引き続き弱い。家計が蓄積した国内のマネーがなお潤沢に存在し、増発される国債を消化する役回りを担っていることから、日本国債の格付けに関する悪いニュースに対し、債券相場には抵抗力がまだ十分にある。そうした状態は、この先まだ何年も続いていくのだろう。

 しかし、国の債務が2010年度末に973兆円に膨らむ見通しであることに関連して、仙谷由人国家戦略・行政刷新相が1月26日の参院予算委員会で述べた次の一言は、正鵠を射ている。

「マーケットから警告信号が大きく発せられる前に、財政規律について危機感を持って考え、財政運営に取り組んでいかなければならない」

 上記の発言はS&Pの発表よりも前のものである。その後、仙谷国家戦略・行政刷新相はS&Pの動きを受けて、26日夜の閣議後会見で、「いつ格付け機関が評価を下げてくるかというのも、マーケットの警戒信号というか、マーケットのサインだと、ちゃんと受け止めなければならない」と語っていた。ブルームバーグはこの発言を、民間格付け会社の格付けに対して主要閣僚が真正面からコメントした異例の発言とも言える、と報じていた。事実、菅直人副総理・財務・経済財政相は「民間会社の格付けについて逐一コメントすることは差し控える」と発言。平野博文官房長官も「逐一そのことについてコメントすることは控えたい」としていた。

 財政規律が緩んで国債発行が加速しても国内マネーに「安住」することができる時間帯には限界がある。そして、デフレが財政再建の困難さを増幅する重苦しい要因になっている。

 仙谷国家戦略・行政刷新相は26日夜の会見で、「事ここに至って1~2カ月バタバタ慌ててもしようがない。こんなときこそ慌てないことが重要だ。日本の純債務の問題も含め、少々の余裕、数年の余裕はある」と述べていた。だが、この発言に対しては、筆者は違和感を覚える。「まだ」数年の余裕があるというのではなく、「もう」数年の余裕しかないと認識した上で、国の舵取りをしている人々は未曾有の国難に直面しているという緊張感を高めるのが、正しい姿勢であろう。

 多面的かつ積極的な人口対策をベースにした堅固な成長戦略・デフレ脱却策と、しっかりした規律のある財政再建プランを組み合わせることの重要性・緊急性は、どんなに強調しても強調し過ぎということにはならないと、筆者は引き続き考えている。