2024年に75周年を迎えたベーカーマッケンジーは、世界45か国に74オフィス、約6,500人の弁護士にサポートスタッフの総勢12,000人超を擁する、世界最大級の国際法律事務所。その特長は比類のないグローバルネットワークだ。世界各地の最新情報を一早く連携するため、香港ベースのミルトン・チェン会長を筆頭に、各地域を代表するよう選任された7人のリーダーが経営委員会を構成し、世界の業務をとりまとめている。そこで今回は、アジア太平洋地域から経営委員会に選任されたバンコクオフィスのピーラパン・タンスワン氏(以下、ピーラパン氏)と、東京事務所の共同代表パートナーである高田昭英氏(以下、高田氏)を取材。60年以上の歴史を持つアジアにおけるベーカーマッケンジーの地位や、2024年のアジア及び日本の動向などについて語ってもらった。

グローバルの軌跡、アジアでの深い歴史

高田氏:バンコクオフィスは昨年、45周年を迎えましたね。おめでとうございます。

ピーラパン氏:ありがとうございます!バンコクオフィスは、長きにわたりタイを代表する国際法律事務所として、大規模な取引や複雑な法律問題を数多くサポートしてきました。東京事務所は2022年が50周年でしたよね。

高田氏:はい。日本では国際法律事務所としては最大規模、総勢約300人の弁護士等の専門家とサポートスタッフがワンチームとなって、お客様の世界での挑戦を支えています。

ピーラパン氏:バンコクオフィスは、250名以上の弁護士とサポートスタッフの総勢500名以上のチームで、世界各地の事務所との緊密な連携を通じてシームレスなガイダンスを提供し、あらゆる法律問題に対応します。また、タイに投資する日本、ヨーロッパ、中国のお客様に、より良いサービスを提供するため、海外クライアント専門デスクも用意しています。もちろんジャパンチームもありますよ。

ピーラパン・タンスワン氏
バンコクのコーポレート/M&Aパートナー。グローバル経営委員会のメンバーの一人。バンコクオフィスの調査・コンプライアンス・倫理プラクティスグループの共同責任者でもあり、規制の厳しい業界における取引および規制に関する助言において40年近い経験を有する。特に、ヘルスケア、消費者保護、製造物責任に関する規制案件に精通。

高田氏:バンコクオフィスでは、どんな案件を手掛けられていますか?

ピーラパン氏:まず会社・商業部門では、貿易、M&A、ジョイント・ベンチャー契約、環境法、消費者保護法など、幅広いリーガルサービスを扱っています。

高田氏:タイでは、不動産部門の案件も多いのではないでしょうか?

ピーラパン氏:おっしゃる通りです。メガインフラの開発や外国投資の流入といったトレンドにより、不動産案件は多く引き受けています。ほかにも、知的財産に関する案件やサステナビリティ関連、企業間の紛争や国境を越えた集団訴訟などの案件など、事業領域は多岐にわたっています。

高田氏:新しい分野でタイ第1号となる案件も手掛けられているとか。

ピーラパン氏:はい。ハイブリッド債および償却債の発行、グリーンボンド発行における大手エネルギー企業の支援、上場不動産投資信託(REIT)の設立などを行いました。

2024年はM&A活性化の見込み

高田氏:パンデミックが収束に向かったことで、国境が再び開かれ、2024年は国際的な取引がますます活性化することが見込まれていますね。

ピーラパン氏:投資家の後押しもあり、世界的なM&Aの動きが注目されています。

高田氏:そのような中でチャンスをつかむには、俊敏性や適応力、グローバルな規制や各国の文化への理解が求められますね。

ピーラパン氏:1月に開催されたスイスのダボス会議でも注目の議題となったAIをはじめ、世界では目まぐるしいスピードで様々な分野が急速に進化を遂げています。ハイテク、エネルギー、ヘルスケア、スマート製造業などを中心に、M&Aが促進されるでしょう。

高田昭英氏
東京事務所の共同代表パートナー。コーポレート/M&Aグループのパートナーとして、日本国内及びクロスボーダーのM&A案件、組織再編及び証券取引を専門に扱う。コーポレートガバナンス、コンプライアンス等に関する案件を含み、企業法務一般を担当する。ベーカーマッケンジーLLPシカゴ事務所にて勤務経験があり米国証券実務も扱う。

ピーラパン氏:2023年は、高金利、地政学的緊張、規制強化などが重なって、アジア太平洋地域のM&A市場は低調でしたね。

高田氏:一方、日本は昨年8月に経済産業省が「企業買収における行動指針」を打ち出したことも注目を集め、特に日本国内でのM&A取引が盛んに行われていましたよ。

ピーラパン氏:伸び率が高かったのはアジアのなかでも、日本と韓国くらいではないでしょうか。

高田氏:日本における金融緩和政策の継続に支えられ、グローバルでのM&A活動の回復にあわせて、日本企業によるアウトバウンド取引も促進されていくのではと、私は予想しています。

ピーラパン氏:アジア全体に目を向けると、年初は静観姿勢が続くものの、経済が安定し、財務リスクが軽減されれば、バイヤーが動き出し、多額の取引が行われる可能性があります。

高田氏:東南アジアのM&A活動は、2021年をピークに減少へ転じているものの、今後は、中国と日本からのアウトバウンドM&Aが期待されています。

今年は、人口世界最多国インドにも注目ですよね。

ピーラパン氏:はい。インドでは規制改革が行われ、オープン化が進んでいるので、グローバル企業のインド進出も期待大。M&Aの好材料にもなります。ベーカーマッケンジーにとってもインドは重要なマーケットで、今後の展開を楽しみにしています。

高田氏:世界の経済情勢は、アジア太平洋地域における各国のインバウンドM&A活動が重要なカギを握っているといっても過言ではありません。中国を例にとると、不動産市場が落ち着く方向に向かうことも期待され、2024年上半期はアジアで最も活発な市場になるという予測もでています。ただ、外国直接投資(FDI)規制、国家安全保障法の台頭や制裁措置の導入によって、アジアにおけるM&A取引が抑制されるかもしれない点は、注視しておいたほうが良いですね。

ピーラパン氏:アジア太平洋地域では、デジタル・トランスフォーメーション(DX)も大きな注目を集めていますね。グローバルのファイナンシャルスポンサーは、過去数年間と同等かそれ以上の割合で、アジアでのデジタル・インフラに資本を投下し続けるでしょう。

高田氏:DXはM&Aの主要テーマでもあり、「アジア企業の約4分の3が、今後1年間でDXへの変革の速度を加速させる、または維持する」という調査も出ているほどです。

ピーラパン氏:また、競合他社との優位性を図るため、AIを事業戦略に取り入れている企業もあり、M&Aを積極的に活用しようという試みもあります。

高田氏:確かにAIは注目すべき分野ですね。資本分配や投資戦略にAIを組み込み、事業効率化を目指す企業も増えています。

ピーラパン氏:一方で、予期せぬ結果を招くかもしれない、AIのリスクも考慮しなくてはなりません。

高田氏:おっしゃる通りです。社会的、倫理的、セキュリティ上のリスクにも焦点を当てながら、事業を進めていくべきでしょう。

ピーラパン氏:政府によって投資が奨励されている、脱炭素化や再生可能エネルギー分野にも注目ですね。

高田氏:特に化石燃料を扱う多国籍企業は、ビジネスモデルの再構築を迫られています。

ピーラパン氏:M&Aにおいては、伝統的エネルギー施設への投資よりも、自然エネルギーへの転換や関連技術への投資が喫緊の課題となっており、早急な対策が必要です。

高田氏:脱炭素化への取組はまさにグローバルな課題。タイと日本の良好な二国間関係のみならず、アジア全体が上昇気流に乗れるよう、常に最新情報をキャッチしていきましょう。

アジア太平洋地域の展望について語り合った高田氏とピーラパン氏。「ベーカーマッケンジーが掲げる“First in Asia Pacific”のFirstには、“開拓者”という意味も込められています。これからも、変化し続ける社会のなかでフレキシブルに対応し、アジア太平洋地域のグローバル企業とともに未来を切り開いていきます」

2023年10月、ベーカーマッケンジーは韓国の法律事務所と合弁事務所を開設。M&Aやエネルギー関連、紛争解決分野にて協働がはじまった。さらに、インドでの今後の展開も視野に入れ、ピーラパン氏がインド業務委員会のメンバーに選任された。

ベーカーマッケンジーは60年以上にわたって、日本、中国、シンガポール及び東南アジア全域を含む主要市場で事業を展開。ここに韓国が本格的に加わり、アジア太平洋地域をリードする国際法律事務所の地位がさらに確固たるものになる。ますます予測が困難になっている世界情勢において、アジアの経済成長とグローバル企業の未来に向け、ベーカーマッケンジーが果たす役割は大きい。

ベーカーマッケンジーのアジア太平洋地域での活動は60年を超え、17のオフィスを展開している。



全てのスタッフが輝ける職場を


高田氏:世界45か国、70以上の言語が使われているベーカーマッケンジーでは、国籍や性別などの違いを尊重し、多様性を受け入れる「インクルージョン、ダイバーシティ&エクイティ(ID&E)」の考え方が定着しています。

ピーラパン氏:グローバルのパートナーの約4割、また業務・産業分野グループのチェアのうち3割以上が女性です。また、法曹界においても先進的な取組をリードするため、ベーカー全体をまとめる「ID&E委員会」が設けられていますが、アキ(高田)もメンバーの1人ですよね。

高田氏:はい、グローバルID&E委員会は約10名のメンバーで構成されていて、僭越ながら日本から代表を務めさせていただいています。全てのスタッフが受け容れられる包括的な環境を整えることを目標に掲げ、クライアントやスタッフ、そして地域社会が直面する問題について、方針策定、研修、情報発信、プロボノ活動などに取り組んでいます。

高田氏:東京事務所では、採用における男女比を半々にしたり、子育てとの両立や男性の育児休暇の取得もしやすい環境を整備したりするなど、様々な取組を行っています。お客様に質の高いサービスを提供し続けるためには、フレキシブルで誰もが働きやすい職場であることが大切です。昨年には、育児休暇中のスタッフや職場復帰後間もないスタッフ向けに「Return-ityプログラム」を導入しました。産休・育休中も事務所と定期的に連絡を取り合い、子育て中の同僚とネットワークをつくり、職場復帰しやすい体制をつくっています。

ピーラパン氏:バンコクオフィスでは、「Thailand Firm of the Year at the Women in Business Law Asia Pacific Awards 2023」を受賞するなど、女性弁護士の活躍できる事務所であることが認められています。またLGBTQ+のプライドデイに事務所を上げて参画したり、「同性パートナー・ベネフィット」によって、性的指向に関係なく、すべての人を公平かつ平等に扱うというコミットメントをもっています。この新しい取組は、同性パートナーにも異性パートナーにも等しく手当てを支給するもので、一人ひとりが大切にされ、尊重され、平等に扱われる環境を作るという当社の献身を再確認するものです。

高田氏:世界に挑戦する日本のグローバル企業をサポートし続けるためには、価値観を共有できるより多くの同僚が必要です。今後も全てのスタッフが輝ける職場を目指し、ID&Eが自然に息づく環境となるよう取り組んでいきます。