東京都の11の有人離島の内の一つ、利島。ここには島の存在や魅力を、特産品を通して島外に広めるという取り組みにチャレンジしている島民がいる。その特産品とは島産の椿油と明日葉を使った「たべるラー油」であるが、同製品が生まれた裏には、知られざる秘境・利島ならではのユニークさがある。果たして利島のたべるラー油は、どんな経緯で開発されているのか。そしてこの一品が、どう島を変え得るのか。利島と開発担当者を取材した。

全国の椿油生産量の約6割を担う“椿島”

「開発の背景には、島の課題である「知名度の低さ」を少しでも解消したいという狙いがあります」。

 そう話すのは、たべるラー油の開発を担当する一人である島民・沖山悦久さんだ。沖山さんは内地で自動車ディーラーの職に就いていたが、3年前、転職を考えていた際に、利島の求人募集を見つけ、転職と同時に利島に移住した。祖父母の出身地の三宅島をよく訪れていたため、伊豆諸島には馴染みがあったと言う。

 利島で食品や日用品、土産ものなどを販売する利島農業組合(JA利島)に勤める沖山さんは、「東京宝島アクセラレーションプログラム」にて都の支援を受けながら島の情報発信・ブランド化を進めてきた。その一つが食べるラー油である。

「利島は300人程度の島民が暮らす小規模の島です。なかなか思う通りに島外へPRできておらず、島の存在を知らない人も少なくないのが現状です。そこで新たに名物を作り、『利島といえばこれ』という存在にすることで、利島を知ってもらうきっかけになればなと思っていました」


利島の全貌。周囲約8km、面積4.12km2の小さな島である。

 一方で、知名度の低さとは裏腹に、利島には得がたいユニークネスがある。その一つが「椿」だ。島の土地の80%以上が椿林に覆われ、椿油は全国屈指の生産量を誇る。椿油の産地といえば、同じ伊豆諸島の大島が有名だが、実は生産量で利島は全国のおおよそ6割、伊豆諸島の約7割を担う日本一の椿油生産地だ
※年により生産量は変動し、全国1位ではない年もある

島の土地の80%を占める椿林

椿油の元となる実を集める椿農家の方。

「まず利島では、東京都が実施する東京宝島事業において、島の特産である椿油と明日葉を使った『明日葉椿油ソース』を開発するプロジェクトを、2020年に立ち上げました。ソースは2022年3月に発売に至り、お陰様で好評を得ています。こちらは明日葉の風味と食感を前面に活かしたものです。対して今回の『たべるラー油』は、椿油を主役とした一品になります。

 椿油といえば髪や肌に使うイメージが強いですが、実は食用としても非常に有用です。椿油で揚げ物をすると、驚くほど軽く、カラッと揚がります。ただしサラダ油などと比べると値段が高いため、気軽に食用できるものを考えた結果、たべるラー油のアイデアが生まれました」

島民たちを巻き込み島全体で作り上げた特産品

 こうして沖山さん、そして明日葉ソースも担当した同じくJA利島の理事・加藤大樹さんが中心となってスタートした、利島のたべるラー油プロジェクト。開発に際しては、前回の明日葉椿油ソースと同じメンバーで取り組むことになった。

 ただ、前回から変更を余儀なくされた部分もあった。前回はJA利島内の農産物加工所で試作を行ったが、今回のたべるラー油は唐辛子を油でローストする工程があり、匂いや成分が充満してしまうため、同じ場所で作業することができない。そこで沖山さんは、ご自宅の調理場なども使いながら何度も試作を繰り返したという。味の大まかな方向性を決めた後は、島民たちにも参加してもらいながら味の調整を行ったようだ。

「試食会を開いたり、JA利島のレジでサンプル品を配ったりして、島民からもさまざまな意見を募りました。後は飲み会でも、試作品を提供して感想を聞きました。実は利島には飲み屋が1軒しかなく、それぞれの家で飲み会をする風習があります。家でギターを弾いたりもしながら、ワチャワチャと飲み続ける中で、ふと気づけば『あれ、こんな人いたっけ?』という人が途中から参加していたりもします(笑)」。

 そうしたオープンな島民性も後押しし、製品は様々な住民を巻き込んで開発されていった。同製品は、島民たちとともに作ったたべるラー油なのである。11月末には、改めてJA利島の農協のレジ横で、サンプル品の配布が始まった。いよいよ開発は、仕上げ段階に入っている。

たべるラー油が“メディア”となって島をPR

 では、そんな新名物は、島に何をもたらすのだろうか。沖山さんたちは、同プロジェクトを始めるにあたり、三つの目標を設定した。

「一つ目は、島の食材に付加価値を付けることです。高齢化や後継者不足で存続が危ぶまれる利島の椿産業にも、何らかの形で寄与できればなと思っております。二つ目は、島民が愛せる特産品を生み出すことです。作るからには、島民に日常的に愛用してもらいたいし、島民が内地を訪れる際の“誇れる手土産”ともなってもらいたい。今後は、島の民宿などにも置いてもらえるよう、働きかけていきます。そして最後に、このたべるラー油には、大切な役目があります。それは、利島の存在や魅力を、製品を通して島外に広めることです」

 利島は集落がたった一つしかなく、端から端まで15分で歩けるほどコンパクトな島である。住居や各施設が狭いエリアに立ち並び、離島ののどかな風景がギュッと凝縮されている。来島者の多くが、東京都にこんな非日常的な離島の風景を味わえる場所があることに、驚くだろう。

 また前述の通り、島民のオープンなマインドも魅力だ。観光客であっても、道を歩けば島民が挨拶の言葉を掛けてくれ、会話をすれば自然体の飾らない言葉が気持ちを緩めてくれる。椿産業をはじめとする、利島ならではの魅力を、特産品を入り口に多くの人に知ってもらいたい。そんな思いこそが、同プロジェクトの原動力となっている。

「今回は利島産たべるラー油の第一作目として、まずはスタンダードなバージョンを作りましたが、これが上手くいけば今後は原料の明日葉を、同じく島でとれる伊勢エビやサザエ、シドケ(山菜の一種)に代えるなどして、味のバリエーションを広げていきたいなと思っています。明日葉ソースも含めた“新たな特産品”を用意して、島外のイベントなどを通じて積極的に発信していくことで、利島のことをもっと島外の方々に知って頂きたいです」

 島民のリアルな日常から、文字通り手作りで生まれた、他にはない利島のたべるラー油。それがある種の“メディア”となり、この先どのように利島をPRし、島を変えていくか、楽しみにしたい。

※利島産の椿油と明日葉を使った食べるラー油は、利島内の各所での販売にくわえ、JA利島の販売サイト(https://ja-toshima.stores.jp/)など、ウェブでも販売する予定のようだ。
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