NB開発本部 副本部長 NB企画部 部長 加藤隆康氏

 自動車用部品など、国内外を問わず市場をリードするオイルシールメーカーNOK株式会社。だが、電気自動車の登場などによる市場環境の激変と無関係ではない。自らのコア技術を生かし、BtoCをも視野に新たな領域に聖域なく挑む。その最前線といえるのが、同社のNB(ニュービジネス)開発本部だ。副本部長の加藤隆康氏に、現状とこれからを聞いた。

「多言語おもてなしタグ」発進
つかんだ新事業創出の気運

 日本のオイルシールメーカーのパイオニアとして、常に業界をリードするNOK株式会社。もう一方の柱である柔軟性のある回路基板「フレキシブルサーキット」(FPC)と合わせ、高度な技術から生み出される部品の数々は、自動車はもとより、電子機器などさまざまな用途に用いられている。

 従業員はグループで42251人(2018年度末現在)、売り上げは連結で6694億円(2019年3月期)と、その存在感は大きい。ただ、「VUCA」とも表現される不確実な市場環境に、いささかの油断もない。

 その象徴的な取り組みが、同社のNB(ニュービジネス)開発本部だ。2017年4月に創設された同部は、総勢30名を数える陣容で社内外を巻き込みながら、新規事業創出に奔走している。副本部長を務める加藤隆康氏は、「先が読めない今は、危機感を募らせるか新規事業を始めるチャンスと見るか捉え方次第」と、新たなビジネスシードの掘り起こしに挑むマインドセットで部内を鼓舞する。

 NB開発本部にはすでに成果がある。「多言語おもてなしタグ」がそれだ。屋外設置可能なRFIDタグ(非接触ICタグ)を用いて、ユーザーに多言語で情報を提供するシステムだ。近距離無線通信(NFC)機能を使用するため、専用アプリをインストールしたり、QRコードなどの2次元コードを読み取ったりする必要はない。屋外に設置されたこのタグにスマートフォンをかざすだけで、Webサイトが自動的に立ち上がる。

 増加の一途をたどるインバウンドに向けて観光地の案内表示をするなど、さまざまな用途が期待できる。

「多言語おもてなしタグ」のサービスを支えるのは、NFCに内蔵されているFPCと、それを耐候性、耐水性、耐汚れ、耐衝撃性に優れた特殊なゴムで覆う技術(NFCゴムモールド)だ。どちらもNOKが誇るコア技術である。

 現在「多言語おもてなしタグ」は、鹿児島県屋久島の縄文杉の説明などで実装され、今後もさまざまなシチュエーションでの活用が予定されている。利用した海外の観光客からは、「こんな離島の山の中なのに、自国語で縄文杉の解説を読めるなんて。日本人の心遣いに感激した」といった感想が寄せられているという。

 海外の旅行者から届いた感想。従来の業務ではあり得ないこの事実こそ、NOKがこれまでにない事業に挑んでいることの証明に他ならない。NB開発本部は今、大きな手応えを感じている。

外回りから生まれた企画で
「地続き」の事業から「飛び地」へ

「未体験の飛び地」への跳躍にはこんな経緯があった。

「発端は、あるクライアントから持ち込まれた『衣類に付けたまま洗濯できるタグをつくりたい』という要望でした」。加藤氏は、NOKにとって意義あるチャレンジの第一歩が、意外なものだったことを明かす。

 高い技術力を誇る同社は、ドライクリーニングにも耐える超薄型タグ製品を見事に完成させたが、市場はプレーヤーが多いレッドオーシャン。今後どうしていくのかを検討する中で、スタッフの一人が未開拓のニーズを掘り当てる。

「ある時、企画立案を担当する部員が、高速道路でトンネルの保守を行う方から、『点検作業は結果報告など情報管理が大変だ』という話を聞いたのです」

 当時、高速道路では天井板の崩落による惨事が起きたばかり。報道は、原因の一つに保守点検の不備があったのではないかと伝えていた。その部員は、保守点検の現場から聞こえた声に、新たな事業のひらめきを得た。「過酷な使用にも耐える超薄型タグを、トンネルの保守点検に使えないか?」ここから生まれたのが、超薄型タグを活用した「見張奉行」だ。

 タグを保守現場に設置し、端末をかざして管理データを呼び出す。その場で点検結果画像をフォームにアップロードすることもできる。手間が省けたことで頻度の高い点検が可能となり、補修箇所の早期発見につながる。

 長く発注主の要件定義に従って製品をつくってきたNOKが、社会課題解決に直結するニーズを自ら手繰り寄せて製品化した。これはまさにシード型ビジネスからニーズ型ビジネスへの変革そのものだ。物語にはさらに続きがある。

「今度は『見張奉行』を売り込みにある看板業者を訪ねた際、『インバウンド向けに外国語を併記する必要があるが、スペースが足りなくて困っている』と聞いたんです。そこから『多言語おもてなしタグ』につながる発想が生まれたんです」

 この大きな事業領域の跳躍を、加藤氏はこう読み解く。

「足を使って探し回り、アンテナを大きく広げる。常識にとらわれず、直感を信じる。これが新事業の開発に重要なファクターだと痛感しました」。加藤氏率いるNB開発本部は、こうしてオープンイノベーションに必要な「勘どころ」を、徐々につかんでいく。

 もう一つ発見があった。「実は創業当時のNOKはイノベーティブな企業でした。われわれがチャレンジを重ねることで、それが現在も脈々と生きていることに気付かされました」。

イノベーティブな事業を後押し
社内風土構築が鍵

 加藤氏は、変革を生み出す社内体制のさらなるブラッシュアップに余念がない。外部講師を年に数度招いてマーケティングと企画立案のトレーニングを行うとともに、社内を巻き込むことも忘れない。新事業はNB開発本部だけで立ち上がるものではない。常に横のつながりを意識し、当該部署や関連会社などと協働する体制をつくらなくては成り立たないからだ。

 ただ、こうした環境づくりは自分たちのためではない、と加藤氏は言う。「大切なのは、『面白いことをやろう、という気概』。そのバトンを次の世代に託さなければなりません」。イノベーションの火を絶やさないよう、後進の育成にも神経を使っている。

 イノベーションは継続性も重要だ。そのため、自前にこだわり過ぎず、「NOKのコア技術を縦軸に、重要トレンド分野を横軸にしたマトリクスを作成し、それを一つのガイドラインと
してターゲットとなる分野を優先的に攻めています。そしてプロセスは、外部の力を積極的に活用することを意識しています」と言い切る。

「今後は、超小型タグに通信やデータ保存の機能を持たせてIoTデバイスへと進化させ、高齢化などの社会課題解決に直結するヘルスケア領域など、さらなる社会実装を模索したいと考えています。そのために、一緒に新しい市場を生み出すパートナーを常に求めています」と、貪欲さを見せる。

●お問い合わせ先:
NOK株式会社
TEL:03-3432-4211(代表) http://www.nok.co.jp/