日本初のオイルシールメーカーとして約80年の歴史を持ち、自動車用部品を中心に国内外で圧倒的なシェアを誇るNOK株式会社。同社では2017年、新たな事業分野の開拓に向け「NB(ニュービジネス)開発本部」を立ち上げた。そこには、市場の激しい変化にこのままでは対応できないのではないか、という強い危機感が背景にある。同時に、その克服に向けて「技術主導型」から「市場創出型」企業へ自己変革を図ろうとする強い意志がある。NB開発本部を指揮する中村哲也氏に、奮闘の様子を聞く。

NOK常務執行役員 NB開発本部 本部長 中村 哲也氏

電気自動車の台頭で市場がなくなる!
リスク克服に向け新事業開発に着手

NOKは自動車向けオイルシールでは国内シェアをリードし、その他Oリングなどのシール製品でも圧倒的な競争力を持つ。海外にも広く知られ、独立総合部品メーカーとしての存在は揺るぎない。昨年度の連結売り上げは約7,500億円。その半分が、自動車用シール部品をはじめとした合成ゴム製品だ。もう半分は携帯用プリント配線基板などの電子部品であり、シール部品に次ぐ第2の経営の柱となっている。

1939年の創業以来、技術力と品質で成長を続けてきた同社だが、近年、避けて通ることのできない二つの大きな経営課題が浮上してきたと中村氏は語る。

「まず一つは、電気自動車の急速な普及懸念です。このままいけば、やがて内燃機関(エンジン)が不要になり、当社のシール部品の需要に決定的なインパクトを及ぼすのは確実です。もう一つは、電子部品事業が特定の顧客に大きく依存していることです。これら経営の二本柱を揺るがすリスクをどう乗り越えるかが、今後の最重要課題になっています」

危機を乗り越えるためには、これに続く第三、第四の柱を育てていかなくてはならない。多くの日本の製造業に共通する状況を前に、同社の経営層はエンジニアとマーケティング経験者30名からなるNB開発本部を2017年4月に創設、中村氏がそのリーダーを務めることになった。

過去の失敗を徹底的に振り返り
問題点克服の具体策を実施

NB開発本部がスタートして、最初に中村氏が取り組んだのは「過去の振り返り」だ。NOKではこれまで、何度も新商品や新事業の創出にチャレンジしてきたが、必ずしも十分成功したといえるものではなかった。中村氏は、失敗事例を徹底的に分析した。明らかになったのは、以下の四つだ。

①    NOKにふさわしいものでなかった
「新しいもの」にこだわるあまり、自社が持っているスキルや強み、カルチャーや企業イメージを無視した取り組みになってしまった。

②    中長期のビジョンなく商品開発を行った
「製品ができてから市場を探す」技術主導の社風のため、ニーズに合致しない短命で単発的な開発商品ができてしまった。

③    社内コンセンサスが十分ではなかった
社内のプロジェクトへの理解と支持が十分ではないため、乗り越えるべき問題や障壁の前にくじけてしまうプロジェクトがあった。

④    自前主義にこだわり過ぎた
自前主義(開発、生産、販売)にこだわる余り、検討対象の幅を自ら狭めてしまった。

中村氏はこれを踏まえ、「仕事のやり方を根本から変える仕組みづくりが必要だ」と痛感。課題の認識と克服に取り組むことになった。その一つが、「ふさわしさ」を判断するためのマトリックスだ。

「縦軸に『NOKグループのコア技術』、横軸に『今後成長が見込まれる市場』を置き、その座標内に収まる七つの事業分野から優先的に取り組むことに決めました。ただし、これはあくまでガイドラインにすぎません。あまりマトリックスに縛られてしまっては、かえって自由な発想や新しいものが生まれにくくなってしまいますから」

ベンチャー企業などとのコラボ体験で
若手社員に刺激

しかし、「より自由な発想を」という中村氏の配慮とは裏腹に、寄せられるアイディアはどうしても “これまでのNOK”を脱却できなかった。枠を広げて社外の関係者に尋ねても同じだった。加えて社内の反応も、「興味はあるが、まだまだ他人事」と、プロジェクトに関わる面々とは温度差があった。部署の立ち上げから約半年。プロジェクトは方向感を失い、閉塞感に包まれた。

なんとか活路を見い出そうと情報収集している中、ベンチャー企業がプレゼンを行い、それを10名ほどの審査員が実行可能か価値評価する「第2回 熊本テックプラン グランプリ」にNOK が協賛することになり、中村氏は審査員の一人に加わることになった。

しかし、そこで参加者に投げかけられる審査員からの具体的で厳しい質問に、中村氏は「衝撃を受けた」という。そして二つの気付きを得ることになる。「新しいビジネスモデルを見つけ出すというのはこういうことなのか」ということ。そして「技術主導型の風土で育ってきた社員が発想の転換をするには、外部の力を借りないとだめだ」ということだった。

こうした気付きはNB開発本部全員に共有され、18年5月には「NOKアクセラレーター2018」として結実する。スタートアップ企業からアイディアを公募するこの企画には、わずか12日間のエントリー期間中に40社の応募が寄せられた。

「このプロジェクトは、応募企業とNOKの社員がチームを組み、経営層に向けて提案するという、NOK初の試みでした。社外の、それもスタートアップ企業と新しいものを生み出す作業は、若手社員を中心に大いに刺激になりました」

応募企画は最終的に二つに絞られ、実証実験を経て19年早々に事業化するかどうかの最終決定が下る。中村氏はこうした外部とのコラボレーション企画を、今後はさらに速いペースで打ち出していきたいと意気込む。

経営陣の理解と外部リソースの導入
そして社員の意欲を引き出す雰囲気づくりを

新規事業には「地続き」と「飛び地」の二種類があると中村氏は定義している。「地続き」とは文字通り、自社の開発、製造、販売など既存のリソースの延長線上にあるものだ。一方「飛び地」は、その線上から脱した、全く新しい事業を指す。この「飛び地」を実現するには、これまでの“ニッポンの製造業”の強みでもあった「完全自前主義」を見直す必要がある。外部のエキスパートや企業といったリソースとの共創でまずは事業の種を見つけ出し、次はそれを大きな柱に育てるため、新しいことに挑戦する意欲をもった人材の採用・育成にも積極的に取り組んでいく考えだ。

「NOKは要素部品メーカーであり、生粋のB2B企業です。こうした企業が、自分たちの風土の中だけでイノベーションを起こすのは非常に困難です。自分たちにないものは外部から借りてでも新しい事業をつくり出そうという決意が必要です。私たちの取り組みや成果が、同じ悩みを持つB2B製造業の皆さんにとって励みになればと考えています」

最後に中村氏は、新しいビジネスを育てるには、会社ぐるみのコンセンサス形成が何より大事だと強調する。新規事業開発は簡単に結果が出ない仕事だ。「チームメンバーはしょせんサラリーマンです。誰もが不安に駆られ、周囲から理解されない孤独感に耐えかね、体裁を整えるような仕事に走りかねない」とメンバーの心理を読む。「だからこそ、そうした時によりどころとなるのが、会社全体のコンセンサス、すなわち経営陣から社員まで、誰もがその新規事業開発の意義を理解し、担当者たちを支える風土づくりです」

こうした思いから、NOKでは三カ月に一度、専務以上の経営陣にNB開発本部の取り組み状況を報告する場を設けている。

「新しい事業をつくり出すには、経営陣を巻き込み、なおかつ外部の新しい血を積極的に入れていくこと。そして何よりも、社員自身が楽しんでプロジェクトに取り組める環境を整えていくことが大切です」と中村氏は語る。

●お問い合わせ先:
NOK株式会社
TEL:03-3432-4211(代表) http://www.nok.co.jp/