トランプ氏が主張する「普遍的基本関税」はさすがに批判

「タリフマン」を自称するトランプ氏は、大統領として301条関税や1962年通商拡大法第232条に基づく追加関税を大いに活用した。それは、他国からすれば、国際通商ルールを無視する濫用と言えるほどであった。

 バイデン氏はこれまで、トランプ政権期に導入された関税措置を継続したものの、新たな関税措置の導入には抑制的であった。しかし最近では、特に中国からの輸入に対する新たな関税の導入や関税率の引き上げに向けた動きが出てきている。

 対中301条鉄鋼関税の引き上げの検討や海事・造船分野の301条調査開始はそうした動きの一環と捉えられる。

 米商務省は、2024年1月にレガシー半導体(現世代および成熟ノード半導体)に関する対中依存状況の調査を開始した。同調査は、「中国によってもたらされる国家安全保障上のリスクを低減する」ことを目的としている。

 調査結果に基づく措置を予断することはできないが、米産業界や議会からは、中国製レガシー半導体への関税賦課を求める声が上がっている。

 4月にジャネット・イエレン財務長官が訪中した際には、電気自動車(EV)やリチウムイオン・バッテリー、ソーラーパネルの中国による過剰生産が米国と世界の企業及び労働者に悪影響を与えているとして、中国側に政策転換を求めた。

 中国側はこれに反発しているが、中国がこれに対処しない場合は、追加関税賦課も含めて、いかなる対応策も排除しないとイエレン長官は述べている。

 他方、バイデン氏は演説の中で、トランプ氏が主張している「普遍的基本関税」(universal baseline tariffs)の導入を強く非難した。

 トランプ氏は、大半の輸入品に10%の関税を課す方針を示しているが、バイデン氏は、これが実行されれば「米国の消費者に大きな打撃を与えかねない。平均的な家庭で年間平均1500ドルの負担になる」と批判した。

 したがって、トランプ氏が主張するような、対象国も対象品目も広範にわたる関税措置の導入には至らないとみられるものの、バイデン政権が今後中国に対して対象品目を一定程度絞った関税の導入・関税率の引き上げを進めるリスクがある。

 バイデン氏とトランプ氏が選挙戦において、「米国第一」や対中強硬姿勢を競う構図は投票日まで続くだろう。バイデン政権が今後打ち出す保護主義的措置には要注意である。その意味で、「もしトラ」リスクへの対応が既に必要となっている。

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菅原 淳一(すがわら・じゅんいち)
株式会社オウルズコンサルティンググループ・プリンシパル
 経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部専門調査員(貿易・投資・非加盟国協力担当)、みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社調査部主席研究員(プリンシパル)(通商、経済安全保障等を担当)等を経て現職。一般財団法人国際貿易投資研究所(ITI) 客員研究員。
 通商政策や経済安全保障に関する政策分析に長年従事。WTO、EPA(FTA、TPP、RCEP等)、APEC、日米・米中通商関係、主要国の経済安全保障戦略などに関し、寄稿、講演、テレビ・ラジオ出演、研究機関研究会・経済団体委員会委員等多数。