バイデン政権の通商政策の「トランプ化」

 最後に、バイデン氏は、連邦政府による公共事業や調達において、米国製品の使用を優先する「バイ・アメリカン」に同政権が積極的に取り組んでいることを強調した。

 バイデン氏は、「バイ・アメリカン」は法律で規定されているにもかかわらず、前政権を含む過去の政権がこれを守って来なかったとして、「我々が作るものはすべて、米国製品で、米国人労働者で作る」と訴えた。

 また、2021年11月に成立した、5500億ドルのインフラ投資を含むインフラ投資・雇用法に基づくプロジェクトは、「米国製鉄鋼とコンクリートのような米国製物品を使用し、高賃金労働、労働組合員の雇用を作り出す」と繰り返した。

 同法にはその一部として、製造業の国内回帰と高賃金労働の創出を目的とした「ビルド・アメリカ、バイ・アメリカ法」が含まれている。

 バイデン政権はこれまでに、連邦政府機関の調達における国内調達率を従来の55%から段階的に引き上げ、2029年には75%とすることを決めたり、米連邦政府資金が用いられるインフラ・プロジェクトに使用される鉄鋼・同製品、製造品、建設資材が「米国製品」であるための要件を厳格化したりしてきたが、今回この点をトランプ政権との違いとして強調した。

 バイデン氏とトランプ氏は選挙戦で「米国第一」の通商政策を競い、現職大統領であるバイデン氏は保護主義的措置を次々と打ち出している。ただし、これまでのバイデン政権の政策は、連邦政府主導による産業政策、つまり補助金を活用した投資に重点が置かれていた。

 バイデン氏はこれまで、同政権下で成立したインフラ投資・雇用法、気候変動・エネルギー安全保障対策をはじめ、3690億ドルを投じるインフレ抑制法、半導体製造・研究開発支援のために527億ドルを確保したCHIPS・科学法を挙げ、これらが米国内産業の強靱化と雇用創出につながっていることを訴えてきた。

 今回の米政府の説明資料にも、「バイデン大統領は、前政権とは著しく対照的に、米国の鉄鋼と製造業に歴史的な投資を行っている」と、トランプ政権との違いを強調している。

 しかし、今回の演説に象徴されるように、選挙戦におけるトランプ氏への対抗の必要から、バイデン政権の通商政策がトランプ氏の主張に近づく「トランプ化」が生じている。

 米国内産業の強靱化や経済安全保障の強化と、雇用創出につながる外国企業による投資を歓迎してきたバイデン政権のこれまでの姿勢からすれば、日本製鉄によるUSスチール買収に反対する理由は本来ないはずだ。

 しかし、買収阻止を明言するトランプ氏から労組票を守るためには、トランプ氏の主張を無視することはできない。それが今回の演説でも表明された慎重姿勢につながっている。

「トランプ化」という点では、バイデン政権が301条関税の活用に動き出したことが懸念される。