30年ぶりのインフレは衣料品も例外ではなく2022年ごろから値上げが目立ってきたが、消費者は必ずしもそれを受け入れている訳ではない。「通る値上げ、通らない値上げ」の技術論はともかく、原価と小売価格の両面から衣料品の価格が決まるメカニズムを考察してみたい。
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衣料品の値上げは受け入れられるのか
衣料品の供給単価(輸入品単価)は2022年は832.2円と前年から22.6%も跳ね上がり、2023年も1~10月で868.8円と2022年同期間から6.6%上昇している。輸入品は2022年で供給数量全体の98.2%、2023年も1~10月で98.4%を占めているから、「輸入品単価=供給単価」と見てよいだろう。価格に敏感な大衆にとって「日本製」はもはや手の届かない高級品で、近年は付加価値を追求する「工芸品」志向も強いから、価格議論からは除外しても差し支えない存在になっている。
現在は円安も峠を越えたとはいえ、依然1ドル140円強と円安水準が高いことから、2024年も衣料品の値上げが続くのは必定だ。実際、繊維製品の企業物価(卸価格)は2022年は供給単価が22.6%も上昇しても4.0%しか上昇しなかったが、2023年は1~11月で供給単価の6.6%の上昇に対し6.5%の上昇と転嫁が進んでいる。その背景にあるのが、公正取引委員会が2023年11月に公表した「企業間取引に関する指針」(名称は「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」)だ。
この指針では発注者と受注者の定期的な価格協議を求め、協議なく支払い価格を長期に低く据え置くと独占禁止法や下請法に触れる恐れがあると警告し、2023年初に300人に増員した「下請けGメン」をさらに増員して摘発に注力するとしているから、仕入れ価格のコスト転嫁を拒むのは難しくなる。これまで「企業努力」で吸収してきたコストを売価に転嫁して大幅賃上げを実現し、先進国の中で最貧国に転落した「安い日本」をなんとか浮上させたい、というのが労働界のみならず産業界と政府の総意だから、逆らうのはもはや困難だ。へたに仕入れ価格を抑制すれば「お恐れながら」と告発されて逆賊の汚名を被りかねない。さすればコストの卸価格転嫁も進み、2022年は1.9%、2023年も1~11月で1.9%しか上昇していない衣料品の消費者物価もようやくコスト転嫁が本格化するのではなかろうか。
とはいえ、インフレに賃上げが追い付かず2023年11月で20カ月連続して実質賃金が減少している勤労者にとって、衣料品の値上げは到底受け入れられるものではない。総務省のデータによれば、2023年10月も前年から8.6%(2023年11月も7.3%)も物価が上昇した食料品の支出負担増(前年比+3.8%の+3236円、二人以上の世帯)に圧迫され、被服及び履物支出は前年から7.0%(-797円、同)も減少している。
長期的にみても、2000年に25.6%(二人以上の世帯、以下同)だったエンゲル係数は貧困化とともに2016年には28.0%、コロナ下のおこもり生活で2021年は28.5%に上昇した。2022年も28.2%と高水準を保ち、バブル前1980年代初期の水準まで後戻りしている。代わりに被服・履物支出シェアは2000年の5.4%から2022年は3.3%、アパレルに限れば2000年の3.2%から2022年は1.9%に激減しているから、国民の貧困化とともに切り詰められていく運命のようだ。
高額消費に沸く百貨店の宴はもうすぐ終わる
都心の百貨店は富裕層と外国人旅行者の高額消費に沸いているが、おそらく2024年中、早ければ2024年の夏までで宴は終わる。コロナ明けのリベンジ消費(おこもり期間の消費の後ズレと給付金・補助金による貯蓄の放出)はコロナが明けるのが早かった米国では2021年9月から2022年末の3シーズンで終わっており、以降、百貨店の売上はほとんどの月で前年も2019年も割っている。とりわけラグジュアリーブランドなど高額の衣料・雑貨が冷え込んでおり、コロナ明け以降、復活著しかった欧州のラグジュアリービジネスにも2023年第3四半期(7~9月)から急ブレーキがかかっている。米国と欧州の消費の冷え込みに加え、中国経済の失速と消費の冷却というデフレ転落を見れば、わが国の百貨店の宴も今夏、持っても今年いっぱいと見るべきだろう。
米国でも欧州でも食料品のインフレで衣料消費が冷え込んでおり、わが国も1年遅れで同様に冷え込む公算が高い。実際、2023年の秋冬も衣料消費は2019年の8掛け強までしか戻っておらず、国家総動員の賃上げ(=コスト転嫁)政策が盛り上がっても衣料品の値上げは容易ではない。勤労者国民が貧困化する中でコスト転嫁して衣料品の価格を上げていくのは抵抗が大きく、何をトレードオンすれば受け入れられるのか、調達原価と流通コストの両面から真摯に検証する必要がある。