美しい星空や海岸で知られ、夏には多くの人が訪れる東京都・神津島。この島では外国人、とりわけ日本在住の外国人をターゲットにした観光の取り組みが約4年半にわたり行われている。2023年1月にはモニターツアーも実施した。とはいえ、神津島はこれまで外国人観光客が多かった場所ではない。なぜその層をターゲットに据えたのか。そして約4年半どのような取り組みを行ってきたのか。活動の中心にいるのは、神津島でB&Bスタイルの宿「みんなの別荘ファミリア」を営む田中健太郎さん・あやのさんだ。

長期滞在を好む外国人が、
この島にマッチすると考えた理由

 2023年1月、真冬の神津島に4人の外国人がやってきた。国籍は香港、イギリス、マレーシア、ウルグアイとバラバラ。このうち3人は日本在住、1人は2ヶ月間の休暇を利用して日本を訪れたという。

 4人は東京・竹芝から船で来島。田中さんたちが企画をしたツアープログラムに沿って神津島を巡った。

 このツアーは、単に外国人が神津島を楽しむ観光ツアーではない。東京島しょ地域のブランド化を目指す東京宝島事業のひとつとして行われた“モニターツアー”だ。ツアー参加者が神津島を体験し、その印象や、今後の観光のあり方を話し合う。ひとつの実証実験である。

 ではなぜ、ツアー参加者が全員外国人なのか。話は2018年までさかのぼる。

 東京宝島事業では、島民が主体となり、島のブランド化に向けた議論を行う「島会議」が定期的に行われてきた。神津島でも2018年9月から島会議を行い、現地の事業者等が参加。神津島の持つ宝や個性の洗い直し、それらを発信する方法などを話し合ってきた。

 島会議の3回目では、今後、新たに来島してほしいペルソナについても議論。そこで決まったのが「30代の外国人カップル」だった。実際のペルソナ像はさらに細かく、2週間~1ヶ月といった長期休暇に抵抗のない、30代前後のオーストラリア人カップル。なおかつアウトドア好きの2人で、仮名のボブとアンジーという詳細な設定まで用意されていた。

 こういったペルソナに行き着いた背景には、神津島の観光課題があったという。

「神津島の来島者数は、季節により大きく異なります。2019年を例に取ると、神津島の年間来島者が約4万6000人。そのうち7~9月は約2万4000人と、半数以上を占めているんですね。夏以外の需要を掘り起こし、年間を通して来島者数を平準化したいという思いがありました」

 オーストラリアは日本と季節が逆であり、冬に来島してもらえる可能性がある。また、外国人はバカンスなどの長期休暇がとりやすく、長期滞在型の旅行を好む傾向が強い。オフシーズンで人の少ない冬場の神津島は、長期滞在でゆったり楽しむスタイルにマッチするのではないか。そんな思いがあった。

「観光というと、どうしても観光客の“人数”に焦点が行きますが、1泊のみの観光客を3人増やすより、3泊するような長期滞在の観光客を1人増やした方がメリットは大きいと思います。何より、一度訪れた場所に“また来たい”と思う理由の多くは地元の人との交流。しかし時間がなければ、人との交流は生まれにくいですから」

 閑散期の“観光客数”を増やすだけでなく、神津島でゆったり過ごし、この島を好きになってくれるような“いい人”に来てもらいたい。そう考えると、このペルソナが適していた。

 田中あやのさんは神津島に来る前、客室乗務員として働いていた。当時の経験やいまの宿で接する外国人の印象をふまえ、「外国人はゆったりした旅行が得意な方が多いと感じていました」という。

 なお、話し合う中でペルソナの軸はオーストラリア人のカップルとしながらも、急にたくさんの外国人が押し寄せてしまっては、島のみなさんも困惑してしまうかもしれない、とも考え、日本の生活に馴染みがあり、礼儀作法を心得ているような日本在住の外国人、イメージとしては外資系の企業や大使館勤務の人などをターゲットにした。

モニターツアーの収穫は
「これまでの仮説が間違っていなかったこと」

 島会議でターゲットが明確になると、そのターゲットに対して伝えたい島の魅力や、観光ツアーの形を議論していった。そこで軸に据えたのが、神津島の「水」だ。海の美しさはもちろん、島内は湧き水が多く、また、その水の配分を巡って伊豆諸島の神々が集ったという「水配り伝説」も有名で、漁村文化も根付く。これらを伝えるアクションプランを考えたという。

水配り像

 そうして2021年3月には、神津島の魅力を発信する英語Webサイト「Discover Kozushima ~ A Tokyo You Have Never Imagined ~」をオープン。約1年をかけて制作したという。

 もちろん、この時期はコロナ禍と重なり、活動が思うように進まない部分もあった。しかし、その期間に島の魅力をより見つめ直したという。
 
 これらの道のりを経て行われたのが、2023年1月のモニターツアーである。これまで考えてきた神津島の魅力を実際に外国人が体験すると、どんな反応を見せるのか。それを確認し、今後の施策につなげていくものだ。

 今回のツアーでは、参加者が“来島前”に神津島を知るところから始まった。先述の英語Webサイトをもとに、島の魅力や歴史、現状の課題を事前講義で共有した。さらに田中さん夫妻は、神津島を舞台にした観光アプリを開発。すごろく形式で島の自然や文化、島特有のルールを学べるほか、音声ガイド機能があり、今回のツアーでも活用した。

 旅程は2泊3日で計画。「ゆったりと過ごすことがコンセプトだったので、参加者が自由に動くフリータイムも多く設けていました」とのこと。当日は天候が悪く、帰りの船が欠航になる可能性があったため、1泊2日に短縮。その点は不運だったものの、1日目の夜には4人の参加者としっかり意見を交わした。「3時間ほど話していましたね。この時間がツアー最大の目的でしたし、一番の収穫でした」と振り返る。

 ツアー参加者と話す中でまず感じたのは、これまで進めてきたペルソナ像や島の魅力の打ち出し方が間違っていないという点だ。長期滞在者をターゲットにする方針も合っていると確信したという。

「参加者の1人は、今までの旅で印象に残った話として、チベットでの思い出を挙げていました。そのときの目的地は有名なお寺だったのですが、印象に残ったのはそのお寺より、悪天候で延泊した宿でずっと人と話したことだった、と。やはり大切なのは人との交流であり、それは長期滞在でこそ生まれやすくなりますよね」

 そのほか、こんな発見もあった。

「外国人を対象にするとしても、新しい体験メニューを用意する必要は必ずしもないということです。神津島に今ある文化や歴史をきちんと見せれば、外国人の方も神津島の魅力を感じてもらえる。その仮説は正しいと感じました」

 この島には、独特の文化が数多く残っている。「神話や風習、暮らしの知恵がありますし、方言もたくさん聞かれます。日本人でさえ感心するものが多く、今あるものが旅を楽しくする大きな要素になるのです」という。

阿波命神社。毎年4月15日に例大祭が行われるなど神津島にも独自の文化がある

明確になった「観光地の責任」
観光客への情報伝達の重要性

 もう1つ、田中さんたちはこのツアーで確認したいことがあった。近年、「レスポンシブルツーリズム(責任ある観光)」という考えが注目されている。観光客も含めて、観光に関わるすべての人が自分の行動に責任を持ち、より良い観光地を作っていくという考え方だ。観光客が地域の人やルール、伝統を無視した行動を取るケースが問題視される中で注目されてきた。

 田中さんたちもレスポンシブルツーリズムを目指そうと考える中で、今回、日本の暮らしや文化に馴染みのある日本在住外国人の意見を聞きたいと考えた。そうして感じたのは、観光客の行動よりも、まずは「観光地が果たす責任」の大切さだった。

「今回確信したのは、きちんと情報を伝えれば守ってくれる人は多いということ。むしろ、観光地側が正しい情報を良いタイミングで伝えられていないことが問題だと思いました」

 神津島では以前、20時以降の花火が禁止だったが、それを守らない観光客が一定数いたという(現在では22時以降禁止となっている。※1そのほか、風の強い日は危ないので、登山を控えるべきであるが、島の人に相談することもなく「晴れているから大丈夫だろう」といった自然に対する甘い考えから強行してしまうことで、事故へ繋がってしまう可能性も高まる。大型病院のない神津島では、村役場での救急対応や場合によっては島民総出で捜索活動行う状況にもなりかねない。
※1:神津島 村役場「神津島での滞在ルールについて」より

 こういった行動は、ルールを無視するというより、そもそも情報を知らないゆえに起きている。だからこそ、観光地が果たす責任の重要性を考えたのだという。

「大切なのは、必要な情報を観光地側が事前にうまく伝えることです。今回、英語Webサイトでの事前レクチャーやアプリを使った情報提供を行いましたが、こういったものが有効だと改めて感じました」

 とはいえ、この類の情報の伝え方は難しい。たとえば観光地の「行き先」を選んでいる段階の人に対し、ルールや守ることばかりを伝えると、行く気を削ぎかねない。そこで、こんな考えを示す。

「神津島を知ってもらわないと来てもらえませんから、まずはわかりやすく、魅力に特化した情報を広く発信して認知拡大を狙います。たとえば、星空が有名な神津島だからこそ『東京で満点の星空が見られる』と打ち出す。それを見た人が神津島を旅行先の候補にし、グルメや歴史などを調べる過程で、守ってほしいことを並行で伝えていく。その設計が必要だと思います」

 そうして訪れた人が正しい知識で島を巡り、島民との交流も増えれば、神津島を好きな人が増えて地域への貢献につながる。こういった気づきをもとに、今後は英語Webサイトの改修やアプリ開発など、より質の高い情報提供を実現していくという。

 島会議で定めた方向性が正しかったことを確信し、一方で、次にやることも見えてきたモニターツアー。2018年のスタートからおよそ4年半。外国人観光客をターゲットに据えて始まった神津島の取り組みは、着々と進んでいる。

前浜海岸

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