日本の多くの離島が人口問題を抱えるなか、ユニークな方法で難題解決を図ろうとしている島がある。東京都の離島で、人々が暮らす11島の内の一つ、式根島だ。取り組みの核となるのが、離島ならではの環境で仕事と休暇を両立させる「アイランドワーケーション」の概念。ただしそのコンセプトは、一時的な来島者を呼び込む観光促進とは、明らかに一線を画す。この新しいワークスタイルが、離島の課題をどう解消し得るのかを、同地にて取材した。

10年後には島の経済を回せなくなる恐れも

 伊豆諸島の中ほどに位置する式根島は、大島や新島に比べると知名度は高くなく、“秘境島”のイメージもある。しかし都心からのアクセスはそれほど悪くない。東京・竹芝桟橋から大型船では約10時間かかるが、ジェット船では約3時間程度で到着する。そして調布飛行場からは飛行機で新島まで約30分、さらに新島から船で約15分の距離にある。夏場は海水浴客や釣り客などで賑わう風光明媚な島だ。 

式根島の名所の一つである「泊海水浴場」

 そんな式根島も、他の多くの離島と同じく、少子高齢化と担い手不足の課題を抱える。島の人口は約500人だが、進学や就職で内地に出る島民が多く、現在、島で暮らす人は実質300人程度だ。そのうち64歳以下は100人程で、このまま10年経つと、その100人も半減すると予想されている。そうなれば、いよいよ島を持続させるのが難しくなってくる。

 そんな難題を受けて立ち上がったのが、式根島アイランドワーケーションのプロジェクトだ。プロジェクトに携わる一般社団法人 式根島エリアマネジメント・下井勝博さんはこう振り返る。 

一般社団法人 式根島エリアマネジメント 下井勝博さん

「元々は2019年、東京の離島のブランディングを行う「東京宝島事業」を通じて島民から参加者を募り、島の行く末について幾度となく話し合ったのが起こりです。そうして島内での会議や、島外への視察を重ねた末に生まれたのが、ワーケーションを通じて中長期的に島と関わる仲間を増やし、島の将来を共に担う人材を輩出しようというコンセプトだったんです」

 折しも世の中では、コロナ禍でリモートワークが急速に浸透しつつあった。ワーケーションは、ワークとバケーションの造語で、日常とは違う場所で仕事と休暇の両方を充実させることを指す。式根島ではそのワーケーションに、同島ならではの価値をプラスし、「式根島アイランドワーケーション」のキーワードを生み出した。ただしその本質は、バカンス的な響きの語感とは、大きく異なる。

「式根島アイランドワーケーションでは、あくまでも日常と同じように仕事をきちんとできることを前提としています。なぜならプロジェクトのゴールを観光促進ではなく、島への移住者を増やすことに置いているからです。

 移住者を増やすには、島とさまざまな形でコミットする関係人口を増やす必要がある。そして関係人口を増やすには、島に興味を持ち、中長期的に滞在してもらうことが大きなきっかけになり得る。そこで観光客がほとんどおらず仕事に集中できる10~4月のオフシーズンを、アイランドワーケーションに活用しようと考えたんです」(下井さん)

心身を整えながら仕事に集中できる場所

 そこで同プロジェクトで意欲的に進めたのが、島でつつがなく仕事を行える環境の整備だった。まずは仕事に欠かせないネット回線。元々同島では電波が届かない場所も少なくなかったが、集落の中心部や海水浴場、温泉など10数ヵ所に、フリーWi-Fiのアクセスポイントを設置した。これにより、美しい海岸での作業や、足湯に浸かりながらの作業も可能になった。 

松が下雅湯では、足湯に浸かりながらパソコン作業も可能だ

 続いて、アイランドワーケーションの拠点となる「式根島コワーキングスペース」を開設。施設内には、通常のデスクスペースに加え、テレビ会議などに使える個室も設けた。
同施設は、観光客で混み合う5⽉~9⽉はカフェレストランとして、それ以外の10~4月はコワーキングスペースとして営業する。

 さらには宿泊施設の整備も進めた。複数の民宿にWi-Fiを新たに設置し、宿の共有スペースや客室内にワークスペースを整備してもらった。  
加えて中長期のワーケーション滞在者を見越して、割安で宿泊できる2週間プランや1ヶ月プランも導入してもらった。

 加えて同島でユニークなのが、キャッシュレス決済の浸透率の高さだ。

「宿や商店、飲食店の方々にお願いしてキャッシュレス化を進め、今ではほとんどの施設が現金なしで決済できます。キャッシュレス率では、伊豆諸島の中でも群を抜いて高いのではないでしょうか」(下井さん)

 こうして当地は、“ワーク”と“バケーション”を高度に両立できるワーケーションスポットへとアップデートされた。仕事は整備された宿やコワーキングスペースで普段と同じように快適に行える。少し煮詰まったら、外の自然に触れて息抜きする。そしてオフの時間は、美しいエメラルド色の湾や温泉、絶景の展望台など、島の誇るアクティビティを満喫する。

 神引展望台からの景色

 そんな風に非日常的な空間に身を投じ、心身を整えながら仕事に集中することで、日常では生まれにくいアウトプットも生まれるかもしれない。それを踏まえると、アイランドワーケーションで、アイデア出しや企画の構想を行うのも良さそうだ。

 さらにアイランドワーケーションは、リモートワークが可能な会社員やフリーランスで働く方が個人利用をする以外にも、企業研修やミーティングなど、複数人で活用することも注目されている様だ。

 オフサイトミーティングやキックオフミーティングを島で行えば、日常とは違う環境によって良いアイデアが生まれたり、チームの結束力が高まるかもしれない。また企業研修やアイデアブレストなども、じっくり集中して行えるだろう。

「企業によるご活用もアイランドワーケーションの柱の一つと考えていて、既にいくつかの企業と調整を進めています。タイミングと条件が合えば、島の公民館的な施設もお貸しできるかもしれません。企業単位で来ていただければ、そのうち何人かがまた来島してくれたり、あるいは将来フリーになったりすることもあると思うので、ぜひ注力していきたいです」(下井さん)

プロジェクトの継続には安定収入が必要

 これまで同プロジェクトでは、個人や企業を招いてのモニターツアーも、複数回開催してきた。2022年11月にも、WEBで募集した5名の個人参加者による、2泊3日のモニターツアーを実施。参加者からは、以下のような感想が挙がった。

「式根島が好きで、これまで観光で5回ほど訪れていました。今回は初めてのワーケーションでしたが、家でのリモートワークとまったく変わらない形で仕事をこなせ、オフでの島巡りも満喫できました」(女性/不動産仲介業)

「日中にみっちり仕事を入れてしまい、休暇っぽいことはあまりできませんでした。休暇もきちんと満喫するには、土日を含めて4~5泊くらいするのがよさそうだと感じました」(男性/IT企業経営)

「コワーキングスペースが快適で、サクサク仕事を進められました。私は、例えばキッチンカーでのコーヒー販売など、式根島でのビジネスに大きな可能性を感じています。だから宿での交流会で、島民の方々と懇親できたことがとても良かったです」(女性/フリーのSNSマーケター) 

モニターツアー参加者の方

 一方、同プロジェクトでは、課題もくっきり浮かび上がっている。住居問題だ。島内には居住可能な住宅が少なく、空き家と移住希望者のマッチングも簡単ではない。だからこそ移住者を継続的に増やすには、賃貸住宅の整備が重要なカギとなる。

「ありがたいことに、宿へのワーケーションの問い合わせが増えていて、実際にワーケーションに訪れる方も既にいらっしゃいます。ただ、こうしたプロジェクトは、継続してこそ意味があります。そして継続するには、続けるための収入を安定的に得る必要がある。社団法人を立ち上げた理由も、まさにそこにあります。そうして続けていきながら、島に深くコミットしてくれる『仲間』を増やしたい。それが、何よりもの目的です」

 アイランドワーケーションという、一見華やかに見える言葉の裏には、離島を真に持続させ得る仕組みと思いがあった。そんな地に足のついたプロジェクトが軌道に乗り、他の離島でも応用されるような未来が、近い将来、訪れるかもしれない。 

中の浦海水浴場

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