現場で実践できるものづくり、社会に還元できるものづくりの力を養うーー。そんな「実工学教育」を大切にしてきた日本工業大学。2018年度には、長く貫いてきた工学部のみという学部学科の改編に着手。あわせて工学基礎教育のプログラムも一新した。今年度、その学生は卒業を迎える。
さらに2022年度からは、データサイエンスの教育にも注力。データサイエンス学科新設のほか、学部・学科横断でのデータサイエンスプログラムも実施。データの分析・活用だけでなく、同じく重要となる「データを生み出す人材」を育てる。

 この記事では、2018年度の改編の総括と、2022年度からの取り組みについて、日本工業大学の成田健一学長に聞いていく。

学部再編から4年。新たな分野の就職先も開拓

 工学部のみの学部編成で歩んできた日本工業大学。かつては入学生のほとんどが工業高校生だったことから、工学部という大きな傘の下、工業高校と近い学科編成にすることで、学生たちへの分かりやすさを重視してきたという。

日本工業大学 学長 成田 健一 氏

「しかし現在の本学は、工業高校と普通高校の出身者が半々ほどに。その中で、普通高校出身の学生にとっても、学びの内容をイメージしやすい学部にする必要がありました。それが改編の大きな理由です。工学部のみから、基幹工学部・先進工学部・建築学部の3学部に分け、学科も改めて分類したことで、良い意味での交通整理になったと感じています」

 また、これまでは総勢1000人近い学生がひとつの学部に所属していたが「現代の大学運営ではアンバランスな面もありました」とのこと。3学部に分け、1学部につき250〜450人となったのは、運営面でもメリットだという。

「学部再編の中で、応用化学科(基幹工学部)とロボティクス学科(先進工学部)を新設しました。今までにない学科でしたが、就職先も新規開拓でき、すでに内定をいただいた学生も出ています」

 新設2学科の中でも応用化学科は工業分野ではないため、早期から就職先のネットワークづくりに注力した。埼玉県の中小企業2000社ほどが加盟する埼玉県雇用対策協議会と連携協定を結び、大学見学会を実施。「各研究室の研究内容や教授の顔ぶれから、一定の評価をいただきました」と成田学長は話す。その言葉通り、埼玉県の化粧品会社などに内定が決まっている。

埼玉県雇用対策協議会と連携した大学見学会の様子

1年次の独自プログラムで「基礎の理解力が上がった」

 2018年度には、1年次に学ぶ工学基礎教育も改革した。数学、物理、英語などは工学の礎となる科目だが、入学時の学生の習熟度に個人差がある。というのも、工業高校と普通高校では、高校時に授業で学ぶ範囲が異なる。工業高校は実習が多い分、普通高校より基礎科目の学習範囲が狭いのだ。

 一方で、工業高校出身の学生も、高校時代に補習でカバーしているケースがある。つまりはそれほど習熟度が多様な状況で、全学生が同じスタートラインから学び始めるのは歪みを生む。

 そこで2018年度から入学時にプレースメントテストを実施。学生一人ひとりの現状を把握し、テスト結果をもとにクラスを分けて習熟度に合わせた授業を行う。

 さらに1年を4学期に区切り、週2回の授業と定期的なテストを行う。合格するごとに上のクラスへ累進できる仕組みとした。ただし、1年以内に必修レベルのクラスまで合格できない学生は留年のリスクも生じる。


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「いい意味で修羅場を作ったと考えています。やらなければ済まされない状況のため、学生たちもおのずと学習習慣がつくでしょう。何より1年次に基礎をうやむやにすると、学年が上がり高度なものづくりを学ぶ際に、大きくつまずいてしまいますから」

 このプログラムも今年で4年目となった。すでに効果を感じており、1期となる現4年生を教える教授からは「基礎の理解力が上がり、単純なミスで止まる学生が減った」との声が聞かれるという。

 学生からすると留年のリスクが気になるかもしれないが、過去3年においては、ほぼ100%に近い割合で必修科目をクリアしているようだ。

「厳しい制度になる分、学生のフォローを手厚くしました。いつでも学生の質問に答えられるよう、関連科目の常勤講師を倍近くに増員。学修支援センターにもチューターを配置するなど、セーフティネットを手厚くしています」

学内のスマート工場で「データ取得」の技術を学ぶ構想も

 2022年度からも新しい取り組みが控えている。データサイエンス学科の新設である。各企業がDXへの取組みに迫られる中、データを分析・活用する人材の必要性は周知の事実だろう。もちろんそういった教育も行うが、この学科の特色となるのは、分析・活用だけでなくデータを“生み出す”人材の育成だ。

「工業でも農業でも、データを使って生産性向上や効率化を目指す取り組みが増えています。これらはデータの解析に目が行きがちですが、そもそもデータを取得する仕組みづくりが大切です。ある課題に対して、センサーをはじめとしたIoTデバイスをどのように設置し、どんなデータを取得するのか。さらに生データからノイズを取り除くなどの加工ができるか。こういったデータ取得の技術を重点的に教育します」

 成田学長は「まだアイデア段階ですが」と前置きした上で、「いずれ学内に小さなスマート工場を作り、学生が自分で考えたデータ取得の仕組みを試すといった教育も行えれば」と話す。

 なお、同大学ではデータサイエンス学科と別に、全学科でデータサイエンスの基礎を学べることになった。基礎となる2科目を全学で必修化するとともに、学部・学科横断的に受けられる「データサイエンスプログラム」を立ち上げ、修了した学生には卒業時に修了証を出すという。

「さまざまな企業がDXやデータの活用に取り組んでいますが、そのために新たな人材を外部から雇うのは限界があります。今いる社員が本業のほかにデータ活用の基礎知識を持っていることが重要でしょう。そういった人材を育成するために、学部学科にかかわらず、全学生が基礎要素としてデータ活用を学ぶ形にしました」

 さらに今後は、社会人に向けてもデータサイエンスプログラムを提供する構想があるという。この領域の知識は急速に必要とされており、社会人にも学びたいニーズがあるからだ。

「コロナ禍によってリモート授業の設備投資も十分に行っています。オンラインでの実施を含めて、社会人の方に向けたリカレント教育も視野に入れています」

これからは、技術屋にも「俯瞰する力」が求められる時代に

 今後という意味では、もうひとつ大きな計画が練られている。従来の教育で力を入れてきた「ものづくりに必要な知識・技術」に加え、より幅広い視点、いうならば社会を俯瞰できる力や、課題を発見し解決策を考える力を養うカリキュラムを基礎科目としてスタートさせる。

「私たちは今までもこれからも、ものづくりを大切にする大学です。しかし技術革新が進む中で、今後は機械がものづくりを代替していく未来も考えられます。だとすると、学生が社会に出てから技術一本で勝負するのではなく、その技術を社会にどう還元できるのか、あるいはどんな社会課題に貢献できるのかといった、俯瞰する力が必要になってくるでしょう。今回のカリキュラムは、そういった未来への対応でもあります」

 具体的には、1年次に「現代社会の基礎知識」という科目を立ち上げ、政治や法律、歴史、経済の仕組みといった基礎を横断的に学ぶ。その中で、社会を俯瞰し、社会課題を発見・解決できる思考や洞察力をつける。

「政治や歴史といった科目は、今までも一般教養科目にありました。しかしばらばらに『○○学』を学んでも、それが実生活とどうつながっているか実感するのは難しい。新カリキュラムでは、学生にとって身近なもの、あるいは技術者が触れる話題を取り上げ、政治や歴史、経済とのつながりがわかるような授業を考えています」

 すでに外部から教員を招聘し、プログラムを練っているとのこと。身近な話題から社会を捉えることで、技術者の視点と社会を俯瞰できる視点の両方を育む。

 ここ数年でさまざまな改革が進む日本工業大学。挑戦的な姿勢の中にも、時代に合わせて本当に必要とされる人材を育てるという、「実工学」の理念が一貫して宿っている。

<取材後記>

データをつくる人材の創出や、俯瞰する力の醸成など、まさに現代の企業が求める人物像を生み出そうと動いていることが印象に残った。DXの人材不足が深刻な中で、新しい取り組みがどんな結果を残すのか興味深い。


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