渋谷区が今、スタートアップ・エコシステムの構築を目指した「スタートアップ支援事業」に取り組んでいる。渋谷区グローバル拠点都市推進室室長の田坂克郎氏は、「起業にチャレンジしやすい仕組みを整備するとともに、民間企業などとの協働を促進したい。そのためには人々が集う『場』の提供も必要」と語る。その意味や、狙いについて聞いた。
海外で戦えるスタートアップ企業設立を渋谷区がリードする-田坂氏と渋谷区が考える官民連携のオープンイノベーション
「海外のスタートアップ拠点都市と比べると、日本はまだスタートアップの認知度が低いのが現状です」と、渋谷区グローバル拠点都市推進室室長の田坂克郎氏は語る。
田坂氏は、米国の大学院に留学した後、専門調査員として、サンフランシスコの日本総領事館に約9年間勤務した経験がある。2011年に発生した東日本大震災を機に帰国。復興事業などに携わった後ベンチャー企業の経営に加わり、その後はさらに小松製作所に勤務した。
「渋谷区の長谷部健区長とは、長谷部区長がサンフランシスコを視察した際、視察をお手伝いしたことがきっかけで今回ご縁を頂きました」
その結果、2020年1月に渋谷区役所に入庁したわけだが、本人もサンフランシスコにいた当時は、このような異色の経歴をたどるとは想像していなかっただろう。
渋谷区は「ビットバレー」とも呼ばれ、これまで、ミクシィ、GMOインターネット、デジタルガレージ、サイバーエージェント、ディー・エヌ・エーなど、同区ならではの多様なIT企業を数多く輩出してきた。2020年からはスタートアップ支援事業をさらに加速させるべく、海外企業招致を踏まえた「SHIBUYA STARTUP SUPPORT(SSS)」の取り組みを開始した。
シリコンバレーでは、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)のうち、グーグル、アップル、フェイスブックが本社を構える。他にも、世界の既存の市場を変えるようなスタートアップ企業が次々と生まれ成功している。エンジェルなどの投資家の層も厚い。それに対して日本ではまだそのような環境が整備されているとは言い難い。
「日本ではスタートアップ企業が銀行から融資を受けようとしてもなかなか難しい。さらにオフィスを借りようとしても、ビルオーナーが難色を示すこともあります。そのあたりの認識を変える必要があります」。ほかにも、外国人が日本で会社を設立しようとしても手続きが容易ではないといった課題もある。
「これらを解決する、スタートアップ・エコシステムの構築が大切だと感じています。渋谷区がそれをリードする存在になりたい」と、田坂氏は力を込める。すでに、イノベーションの創出を促進する官民連携オープンイノベーション企画「Innovation for New Normal from Shibuya」などもスタートしている。さらに、不動産業者や金融機関と連携した環境整備事業、海外向けスタートアップ企業の招致などのグローバル化推進事業なども推進していくという。
コロナ禍で改めて確認されたのは、イノベーションを生み出すためには人と人が出会い協働する「場」が大切であること
「日本ではスタートアップは育たない」という意見もある。田坂氏はそれに対して「私はそうは思いません。日本でスタートアップ企業が誕生し始めたのは90年代後半からです。まだ時間が浅い。スタートアップの起業家をはじめ、金融機関、投資家などさまざまな人のマインドセットが変化することにより、日本でも世界レベルのスタートアップ企業が数多く生まれ、育つ時代が来ると信じています」と語る。
新型コロナウイルスの感染拡大もその変化のきっかけになり得るという。「特に日本は、これまでは、比較的に予測のつきやすい時代だったと思います。良い大学に入って良い会社に就職すれば間違いなかった。ところがコロナ禍により、なかなか先が読めないということが次々に起こりました。従来の当たり前が通用しなくなっています」
例えば、多くの企業でこれだけ在宅ワークが進むといった現象は、数年前には予想できなかっただろう。これらの企業の中には、社員の異動など、人事・評価制度などまで改めたところもある。
「ビデオ会議システムを利用した会議やミーティングも普及しています。一方で、大事な場面ではやはり対面で話したほうがいいということもわかってきました。例えば私のミッションの一つは、たくさんの人と一緒にコラボレーションし、イノベーションを創出することです。さまざまな人を結びつけて化学反応を起こさなければなりません。会ってみて、『この人なら』と感じて、『じゃあやろう』と。これはビデオ会議ではなかなかできません」
田坂氏がそこで重視するのが、ダイバーシティ&インクルージョンだ。「同質な人の集まりの中からはイノベーションは生まれにくいとされます。実際に欧米の大学などでは、ダイバーシティ&インクルージョンが進む企業ほど生産性が高いというデータも発表されています。生活の中にある『どうしてこんなに不便なんだろう』『どうしてこんなサービスがないんだろう』という違和感から、これらを解決する製品やサービスが生まれ、それが世の中を変えていくのです。年齢、性別、国籍などが異なる多様な人材が集まることで、新たな価値につながる発見や気付きが得られるでしょう。特に日本では、女性やシニアなどの活躍も期待されます。その点では、どこで仕事をするのか、どこに人が集うのかといった『場』の提供も大切だと感じています」
野村不動産が提供する「H¹O」は、さまざまな人が集う「場」であるともに、働く人のウェルビーイングも実現する
スタートアップ企業をはじめ、さまざまな人たちが集う「場」として、田坂氏が注目しているのが、野村不動産が提供するサービスオフィス「H¹O(エイチワンオー)」だという。
「実は私自身、一時、H¹Oに入居していたこともあります。また、渋谷区のグローバル拠点都市推進室もH¹Oに分室を設けています。ウェルビーイングに配慮された空間は非常に快適ですし、実際にスタートアップ企業が入るビルに私たちも入居することで、モチベーションも上がります」
H¹Oは少人数・短期間から利用できるサービス付きのスモールオフィスである。貸室は高いセキュリティシステムを配し、家具なども自由に設置できるため、企業が自由に心地いい空間を創り上げることができる。また、共用部に関しては外部のコワーキングサービスは設けず入居者専用となっている。
これは入居者の「ウェルビーイング」を優先した結果であり、時間貸しのワーキングスペースは別ブランドの「H¹T(エイチワンティー)」と機能を分けていることも特徴の一つである。このように、「入居者の為のオフィス」として創られたH¹Oは、入居企業に「集まりたくなる場」として評価されている。
H¹Oがコンセプトに掲げるウェルビーイング(心身の幸福感・満足感)は、国連が2015年に定めたSDGs(持続可能な開発目標)で言及された概念だ。従業員が幸せな企業はそうでない企業よりも生産性が高いといったエビデンスも発表されており、ウェルビーイング経営に注目が集まっている。
田坂氏は「スタートアップ企業は特に、『この経営者と一緒にやりたい、この仲間と一緒に頑張りたい』という『思い』が大切です。少数精鋭だからこそ、『場』すなわち、働く環境が大事になるのです。それにより、ウェルビーイングも含めて、同じ方向を向いて行動することができます」と語っている。
2021年6月からは、渋谷区とH¹O(野村不動産)および、女性起業家コミュニティの育成支援に取り組むmeetalkが連携し、官民連携による女性起業家の支援を行っている。「H¹O渋谷神南」の1室ならびに会議室などの共用スペースを、女性起業家支援拠点「Women 1st Office in Shibuya」として2021年9月下旬までの期間限定で無償提供し、女性起業家や専門家からのメンターシップ、勉強会の開催などを行っていたという。
「女性起業家はロールモデルが少ないため、生の声を聞く機会がなかなかありません。そのため、参加された女性起業家候補の方からは、とても好評でした。世界的に見ても、女性の起業家はまだ少ない。むしろ、日本のスタートアップコミュニティが変えていけるのではないかという期待もあります」と田坂氏は語る。
そこで楽しみなのは、日本の大手企業の中にも、スタートアップ・エコシステムを発展させようという機運が高まっていることだ。「2020年11月には産官学連携による『渋谷コンソーシアム~Shibuya Startup Deck(シブデック)』も設立しました。大手企業や、渋谷区にゆかりのあるベンチャー企業にも賛同いただき、力を貸していただく予定です」
行政機関が率先して、ここまでのスタートアップ支援を行う例はまれだ。それだけに、渋谷発、日本発の取り組みに期待が掛かる。
「これからの時代は、事業そのものもアジャイルに柔軟に変えていけることが望ましいと考えます。一度や二度失敗しても、周りの人が手を差し伸べてくれる。そのようなエコシステムを渋谷から作り、世界の人たちが集まる『場』にしたいですね」と田坂氏は語る。
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