AI・ビッグデータの存在は、アカデミアの世界やビジネスシーン、私たちの日常生活など、あらゆる場面に浸透し、身近なものになりつつある。しかし、それらを有効かつ安全に活用するためには一定以上のリテラシーが必要だ。そこで教育機関における基礎力の養成が重要な意味を持ち始めている。
そうした中、法学部をはじめ人文・社会科学系の学部を多く持ち、130年以上の歴史を誇る中央大学は、AI活用に重要とされる「人間中心のAI社会」の実現に向け、全学的な取り組みを進めている。同大学が行うAIやデータサイエンスへのアプローチを、大きく3つに分けて紹介する。
テクノロジーを“いかに使うか”に取り組む「AI・データサイエンスセンター」
中央大学では、2020年4月にAI・データサイエンスセンターを設立した。設立の目的は、「一般社会からの人材養成のニーズに時機を逃さず対応するため、大学教育および産学連携を効率的に行うことを可能とする企画を立案し、その計画を着実に実施すること」とされる。
同センターのミッションとして挙げられているのは次の3点だ。
(1)全学的AI・データサイエンス教育:理系・文系を問わず情報社会に必須の全学向けのAI・データサイエンス教育を企画・立案し、実施する。
(2)社会との協創的研究:産業界等とAIやデータサイエンスを活用した共同研究を行う。
(3)社会貢献・連携事業:AIやデータサイエンス領域でリカレント教育を含む社会貢献・連携事業を行う。
これらの実践を通して見据えるのは、前述した「人間中心のAI社会」の創出だ。その背景には、AIをはじめとするテクノロジーと、社会との接続という課題がある。
初代所長の樋口知之氏は、「ジェンダー・宗教・民族といったさまざまな人の価値観や観点で分析し、上手な社会適応を実現していくRRI (Responsible Research and Innovation)の達成を大きな一つの目標にしています」と述べる。
RRIとは、社会のニーズや懸念などを可視化し、実際の技術開発や関連する法制度などにそれらを反映させることだ。こうした考えのもと、テクノロジーそのものの発展はもちろん、社会のニーズや懸念に基づき、テクノロジーを「いかに使うか」にフォーカスした取り組みを行う拠点となることを目指すという。
AI・データサイエンスセンターでは「教育部会」「研究・社会連携部会」という2つのグループに分かれ、活動を行う。大学教育および産学連携を効果的に行うことで、データに基づいた合理的な意思決定ができる人材育成を行なうことを目標とした取り組みを始めている。
初年度から応募者多数の「AI・データサイエンス全学プログラム」
2021年4⽉から8学部の全学⽣を対象とした「AI・データサイエンス全学プログラム」が開講された。授業はウェブを利用したオンデマンド型を基本とし、曜⽇・時限・キャンパスに関係なく履修が可能となっている。
本プログラムの科目として、次の4つが設けられた。
1つ目は、「AI・データサイエンスと現代社会」だ。「AI やデータサイエンスがもたらす価値」、「デジタル技術が⾏き渡った社会における課題」をテーマとし、データ思考(データを基に事象を適切に捉え、分析・説明できること)を養う。
2つ目は、「AI・データサイエンス総合」で、経済社会におけるAI・データサイエンスの活⽤と実践例を学ぶ授業となる。LINEやFacebook等の企業で働く複数の実務家を講師に迎える予定だという。「企業におけるデータアナリティクスとAI」「公共領域におけるAIの実践」「ソーシャルメディア分析とビッグデータの活用」「データ分析の活用法と各種ツール」について、講師とのディスカッションを交えて学びを深めることができる。
3つ目は、「AI・データサイエンスツール」である。Ⅰ~Ⅳという独立した4科目で構成されており、大学生としての基礎力から専門分野で応用できる基礎力まで段階的に学べる。2021年度の内容は次の通りだ。
Ⅰでは、表計算ソフト「Excel」によるデータ活⽤法、統計ソフト「SPSS」の基本的な使い方の理解を⽬指す。データを扱った経験のない学生向けの科目となっている。
Ⅱでは、汎⽤プログラミング⾔語「Ruby」、ウェブアプリケーション作成ソフト「Ruby on Rails」について理解することを⽬指す。
Ⅲでは、ビッグデータ分析が可能な BI(ビジネス・インテリジェンス)ツール、プログラミング⾔語「R」の基礎を習得する。
Ⅳではプログラミング言語「Python」、データベース⾔語「SQL」の基礎を習得し、段階的に専門性を身につけていく内容となる。
上記は、1年次から履修が可能だが、4つ目の「AI・データサイエンス演習」は、2年次以降の3年間で履修する。2021年度に1年次生を募集・選抜し、翌年から開講する科目である。学部・学年の枠を超えたグループ活動により、産業界や科学技術分野、⾝近な社会で取得された現実のデータに基づいて課題発⾒・解決することを目指した総合的な活動となるという。
これら全学プログラムには、初年度である2021年度から多数の履修応募者が集まった。募集定員のない「AI・データサイエンス現代社会」の履修者は1087人。「AI・データサイエンスツール」では、想定を大きく超える応募があったことから、前期のみの実施を予定していたⅠとⅢについて、後期クラスを増設することとなった。AI・データサイエンスについて、学生たちから強い関心が寄せられていることがわかる。
データサイエンティストに求められるスキルを備えた人材の育成を目指す
中央大学のAI・データサイエンスリテラシー醸成の取り組みとして、3つ目に紹介するのが「ビジネスデータサイエンス学科」の新設だ。時代の変化に合わせてカリキュラムを見直し、前身となる「経営システム工学科」を2021年4月に名称変更したという。
目標とするのは、「『データサイエンス力』『データエンジニアリング力』『ビジネス力』の3つの柱に関する包括的な知識を獲得したデータサイエンスのスペシャリストを育成し、これからの社会に変革をもたらす人材を輩出すること」である。
「データサイエンス科目」で扱うのは、統計学、確率論、オペレーションズ・リサーチなど。これらはデータサイエンスにおいて中心的役割を果たす領域だ。また、「データ解析」「機械学習」「深層学習」も配置されており、AI活用に求められる知識の土台づくりが期待できる。
「データエンジニアリング科目」では、データ分析手法の取得に加え、的確な情報処理を行うためにプログラミング技術(Python、R、SQL)の習得を目指す。これらを1~3年次まで連続して学ぶことで習熟度を高めていくという。また、プログラミング技術以外に「画像処理」「感性工学」「自然言語処理」なども配置されている。データを「意味ある形」に変換し、実装・運用する力を養うことがミッションとなる。
データサイエンス、データエンジニアリングの技術を実社会に適用していくために設けられているのが「ビジネス科目」だ。課題背景を理解した上でビジネス課題を整理し、解決する力を養う。「品質管理」「企業データ分析」「マーケティング・リサーチ」「経済性工学」「生産管理」「サプライチェーン・マネジメント」「金融工学」など、実際の企業活動に即した内容が配置されている。
以上、3つの柱を網羅したカリキュラム体系を実施するとともに、同学科では、演習科目や実験科目など、課題解決のために学生自らが取り組むPBL(Problem Based Learning:課題解決型学習)を徹底。知識・技術に実践力を伴った人材育成を行っているという。
さらに、トップレベルを目指す学生に対しては教育カリキュラムだけではなく、研究活動や大学院進学を通じて、さらに高度な知識と技術の習得をバックアップする。関連資格として「技術士」「情報技術者」「統計検定」などの取得もカリキュラムの中で推し進めるとしている。
中央大学では、「AI、データサイエンスに関わる教育体制はこれから進化していくことが求められる」(AI・データサイエンスセンター所長 樋口氏)と認識しており、その喫緊の課題をクリアすべく、上記のようなリテラシー教育の全学展開に踏み切ったという。
今後は、AI・データサイエンスセンターを中心に、積み上げてきた長い歴史という強みを生かし、分野を超えた産学連携の取り組みを増やしていくことも見据えている。
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