技術面の評価だけではなく
思想を理解することが重要
技術としてのブロックチェーンは奥が深く、大きな可能性を持つだけに「インターネット以来の発明」と信奉する人たちもいる。しかし、前田氏はあらゆる課題が解決できるという“ブロックチェーン万能説”には慎重な姿勢を示す。
「ブロックチェーンの応用は非常に難しいです。ブロックチェーンの技術だけを理解していてもアプリケーションを作り上げることはできません。技術実装の前に、ブロックチェーンには異なる利害関係者が参加するため、関係者間の合意をそもそもどう形成するのか、その結果、ユーザー体験はどう変わっていくのかなど説得力あるモデルを提示する必要があります。分散型台帳では多くのステークホルダーが関わります。プロジェクトマネジメントが極めて重要です。そして、難度の高いプロジェクトマネジメント、技術的には深層にあるブロックチェーン、それをユーザー体験とするユーザーインターフェスの実装をすべて一人でできるスーパーマンのような人はほとんどいません」(前田氏)。
ブロックチェーンの代表的な応用例のひとつにスマートコントラクトがある。国際貿易や不動産取引など様々な団体が係る契約業務をあらかじめ設定されたルールに基づいてブロックチェーン上において自動で実行するものだ。複雑な手続きが人手を介さずに自動化されるので、省力化、時間短縮など効果は大きい。
しかし、このような多くのステークホルダーが関わるスマートコントラクトは、設計の段階で全ステークホルダーの同意が前提となる取り組みだ。ステークホルダー間でのデータ形式の共通化も必要だ。実現するには多くの障害をクリアすることが求められる。
前田氏は「いろいろな人が集まって初めてブロックチェーンを応用した仕組みが構築できます。しかも『では私が全部管理するので任せてください』『それは助かる。ではよろしく!』という人たちが集まっても実現しません。トラストレスな関係においても本質的に重要な合意形成を行い、契約履行が確実に行われる非中央集権モデルの本質的な思想が分かっている人同士が話し合って初めて前に進んでいくものなのです。この思想に対するリテラシー向上を含め、ブロックチェーンの応用への課題解決に取り組んでいます」と日々奔走してる現状を述べた。
「ただ、毎日多数のオープンソースのプログラム開発に関するメールが送られてきます。着実に前に進んでいることは間違いありません。少しずつ一般の方にも目に見える成功モデルが増えてくる中でリテラシーも向上していくでしょう」と前田氏。多くの人が情熱を持ってブロックチェーンの応用に取り組んでいることは間違いないようだ。
個人の健康意識も変える
次世代の医療情報基盤
現在様々なシーンで活用が検討されているブロックチェーンだが、どの分野から利用が始まるのだろうか。前田氏は「当初はスモールスタートで始めるのが現実的です。海外の食品の領域ではウォールマートが主導して、サプライチェーンのトレーサビリティの活用を始めた事例などがありますが、医療の領域では臨床研究の分野から活用が始まると見ています」と語る。
臨床研究の分野は研究者のための閉じられた世界だ。それだけガバナンスを効かせることができて、しかもリテラシーの高い人たちが多い。前田氏が強調する「ブロックチェーンの思想を理解している人たち」を集めやすい。科学的な知見が共有できれば、研究のスピードは加速する。大きな成果が期待できそうだ。
「ブロックチェーンは患者の意識も大きく変える可能性を持っています」と前田氏は予想する。本来、患者の医療データは患者個人に帰属するものだ。しかし、今は医療機関や検査機関がデータを保有している。ブロックチェーンによる異次元の医療情報基盤が整備されると、エストニアのように患者自身がデータを保有できるようになる。
「期待される効果は病気に対する患者の意識の変化です。自分の医療情報を目にすることで、健康意識が向上します。それが“未病”につながり、社会保障費の問題の軽減や創薬ニーズの抑制にも効果的に働きます」と前田氏。そこまで広がれば社会構造も大きく変化していく。
医療データが患者個人のものになり、前述したように医師のデータも入手できるようになると、医療のあり方も変わるかもしれない。患者自身が自分の医療データをIDで管理して、いつでもどこでも使えるようになることで、国境を越えて見てもらい医師のもとで治療を受ける“医療ツーリズム”も広がっていく。
「ブロックチェーンの基本に有るのは民主主義の思想です。それが医療・ヘルスケア業界に応用されれば、様々な変化が起きてきます。個人情報の問題もありますし、思想というのは簡単には広がりません。時間はかかりますが、ちょっとした成功事例が蟻の一穴となり大きな波につながるかもしれません。これからに注目していただきたいですね」と前田氏は話した。
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