医療・ヘルスケアと相性が良い
ブロックチェーンの特質

 ブロックチェーンという技術をご存知だろうか。データベース技術の一つ、分散型共有台帳とも言われる。ブロックチェーンの参加者が同じ台帳を持ち、多数の人の監視下に置かれながらデータが共有されるだけでなく、データは不可逆な暗号関数をつかって記録されるため、 耐改ざん性が極限的に高い。

 仮想通貨である「ビットコイン」の中核技術として使われていることで知られ、稼働から10年以上経過するが一度たりとも停止することなく粛々とビットコイン取引が記録され続けている。そして、この技術の応用範囲はビットコインをはじめとする仮想通貨取引以外のあらゆる領域に広がると考えられている。

 その領域のひとつとして注目されているのが、医療・ヘルスケアでの活用である。海外の最新事例を紹介した「医療×ブロックチェーン」の監訳者であるハッシュピーク株式会社代表取締役の前田琢磨氏は「インターネットのトランザクションの一部は確実にブロックチェーンに置き換わっていくことになるでしょう。医療の領域でも様々な分野で活用されていくことになると思われます」と予想する。

 ブロックチェーンの特徴の一つは、冒頭で紹介した通りデータの改ざんが困難な「耐改ざん性」にある。このブロックチェーンの特徴が命に係る情報を扱う医療・ヘルスケア業界が持つ特性と相性が良いと考えられている。

 例えば、医薬品の開発で考えてみよう。医薬品の臨床試験において、試験データが偽物であったり、間違いがあったりしてはならないのは当然だ。

 今はそれが正しいものであることを証明するために様々な規制がかけられている。しかし、耐改ざん性の高いブロックチェーンによってデータを保管しておけば、正しいことが保証されていて、どこで発生したデータなのかも瞬時に追跡できる。

 データが改ざんされにくい仕組みができることは、医薬品の開発プロセスをシンプルにして、開発期間の短縮に繋がる。製薬メーカーにとっては膨大な開発コストを減らすことができ、高額療養費制度のある日本では医療費の負担を減らすこともできる。 

ハッシュピーク株式会社 代表取締役
前田 琢磨氏

「医薬品の開発〜製造〜流通のあらゆる場面で同様のことが言えるでしょう。医薬品という特殊な業界には、絶対に間違いがあってはならないことが沢山あります。そこにブロックチェーンを活用できる可能性があると考えられています」(前田氏)

“信頼関係がなくても”
質の高い医療が実現される世界とは

 ブロックチェーンの特徴のもう一つは、参加者すべてがフラットな立場に立つ非中央集権型のトラストレスな特性を持っていることだ。誰か一人を信頼(トラスト)して、その人にデータベース管理を任せるのではなく、参加者全員がお互いに信頼関係がなくても(トラストレスな関係でも)、一定の方法で情報の合意形成をし、その情報は改ざんされることなく共有される。

「米国ではこの非中央集権型の信頼形成の仕組みを、医師の資格やキャリアの証明に利用しています」と前田氏は語る。医師免許を初め、専門医認定証、医師生涯教育の受講履歴、医療過誤保険の補償履歴を証明する手段としてブロックチェーンが使われている。これ以外に医師自身の予防接種履歴 なども加わっており、相手がどんな医師なのかが瞬時に分かる。

 これは患者という立場からすると大変重要なことだ。病院に行って医師と向き合った際に、ほとんどの場合相手がどんな医師なのかという情報を持つことはない。そこには情報の非対称性がある。医師にも優秀な医師とそうではない医師がいるはずだが、それを知る手立てはないに等しい。それなのに命を預けるようなことも起こり得る。

 医師と医師の間でも同様のことが指摘できる。専門分野を異にする医師たちでチームを組んで研究を進める際には、相手がチームの一員として相応しい能力を持っているかは重要な要素になる。しかし、同じ医科大学に所属する医師同士である場合を除いて、それを検討する情報が乏しいのが現状だ。

 前田氏はこうした現状を踏まえて、ブロックチェーンと医療業界との相性の良さを強調する。「相手との信頼関係が存在していないというのが“トラストレス”の状態です。患者と医師の関係においても、互いによく知らない関係でそれぞれ受診・治療することは多いですね。しかし、ブロックチェーンによって参加者全員が合意形成した信頼できる情報を容易に入手できるようになれば、トラストレスな関係でも安心して診療を受けたり、治療することができます」(前田氏)。

 大袈裟に言えば、ブロックチェーンの持つ非中央集権型の特性と耐改ざん性によって、様々なステークホルダーから正しい情報を集めることができる異次元の医療情報基盤 を構築できる可能性があるということだ。

 実際、バルト三国のひとつで小国ながら行政の電子化が進んでいることで有名なエストニアでは、ブロックチェーン技術を応用して電子カルテを国全体で共有している。処方箋の受付や保険の請求業務はすべてオンラインで行われ、国民は自分の医療情報をいつでも確認することができるという。