野中郁次郎氏
二つ目は、「相互主観性」。相互主観とは、相互に他者の主観と全人的に向き合い、受け容れ合い、共感し合うときに成立する、自己を超える「我々」の主観である。本田宗一郎氏の名参謀、藤沢武夫氏が考案した「ワイガヤのプロセス」や京セラの「コンパ」は、生きた時空間を共有することで、相互主観の創造を行うものだった。
三つ目が、「自律分散リーダーシップ」だ。創造的な組織のリーダーには、フロネシス(実践知)を組織メンバーに伝承し、育成する役割が求められる。個人のフロネシスが集合的実践知として変換された組織は、弾力的・創造的にリアルタイムで対応できる強靭な組織になる。「自律的な場をつくり、場への親密さを高め、知識を共有する習慣を形成し、日々の開発プロセスの改善を促進するアジャイル・スクラムに共通する考え方」と野中氏は説明する。
また、アジャイル・スクラムの「幸福」につながる思想として、「GEビリーフス(信念)」と「京セラフィロソフィ」を紹介。「これからの組織経営は、人としての生き方そのものが問われる」と語り、「全人的なコミットメントなくして、イノベーションは生まれない」と強調した。
ビジネスとITを一体化 新たなマーケットを創造
プログラムの最後は、永和システムマネジメント代表取締役の平鍋健児氏をモデレーターに、パネリストとして情報サービス産業協会会長の横塚裕志氏、Scrum Inc.でスクラムマスターを務めるアヴィ・シュナイアー氏、KDDIの藤井彰人氏を迎え、パネルディスカッションが行われた。
平鍋氏は、アジャイル型開発を実践するエンジニアであり、経営者である。日本でアジャイルを普及させるべく、2000年代初めから活動を展開。アジャイルに関する著書、訳書も多く、『アジャイル開発とスクラム』を野中氏と共著でまとめている。
ディスカッションの冒頭で、平鍋氏は「SECIモデルを提唱した野中名誉教授と、これに由来するスクラムを開発したサザーランド博士が一堂に会することに感銘を受けています」とコメントした。
いまなぜ、アジャイル開発やスクラムなのか。グローバルな先進企業で何が起こっているのかについて、シュナイアー氏が「オバマケア」の失敗と修正、ゼネラル・エレクトリックにおけるスクラムの導入事例を紹介。続いて、日本企業の現状について横塚氏が危機感を示し、「生き残るには、ビジネスにITを取り込んで、新たなマーケットを創造するしかない」と提言。藤井氏は外資系企業での勤務経験を踏まえ、「西海岸のIT企業では、ビジネスとITが一体化しており、プロダクトマネジャーは、ビジネスとエンジニアの双方の経験を持っている人間しかなれない」と米国事情を説明した。
組織変革を成功させ、イノベーションを生み出すには、「縦割り組織(サイロ)を壊すこと」「新たな人事制度づくり」「幸福の追求による生産性の向上」といった、サザーランド博士の講演内容に共通するアイデアが披露され、結論となった。
「スクラム普及で日本をハッピーに」
永和システムマネジメント 代表取締役
平鍋健児氏
働き方改革が産業社会の大きなテーマとなるなかで、今後はプロジェクトづくり、組織づくりにおいても、働き方の視点が不可欠となります。働きやすい環境や会社として人を惹きつけられるような魅力がなければ、優秀な人材を集めることはますます難しくなるでしょう。プロジェクトづくりや組織づくりにおいて、スクラムの手法が最終的な正解となるかどうか、実はわかりません。特に、日本企業の現状を踏まえ、スクラムを定着させ、サステナブルなイノベーションを生み出していくことは大きな課題です。ただ、これをきっかけに、一人でも多くの方に興味を持っていただき、組織変革に向けた議論が活発化することができたらと考えています。私自身、スクラムの教育を多くの人々に提供していますし、今後もスクラム普及プロジェクトに大きく関わっていきます。スクラムを通じた組織改革で日本をハッピーにし、成長させていくことができたなら、こんなにうれしいことはありません。
「縦割り組織を壊し機能横断チームをつくる」
Scrum inc. スクラムマスター
アヴィ・シュナイアー氏
縦割り組織(サイロ)を壊すことは非常に重要です。このことは、スクラムチームの生産性を向上し、創造的組織に変革する基盤となります。同様のことが『リーン・スタートアップ』にも書かれています。つまりクロスファンクションチームの重要性です。機能横断的なチームを編成することで、組織はシンプルになります。米国では多くの企業がジョブディスクリプション(職務記述書)を作成し、各ポジションに応じて人材を採用しています。しかし、人々の専門分野、専門知識は1つだけではありません。多くの人は、1つ以上の専門分野を持つ「T型人材」です。彼らがチームにいれば、休暇や病気でほかの誰かがいなくなったとしても、パフォーマンスが停滞することはありません。チームの全員がお互いに協力し合い、プロセスを回していく自律的な組織へと変化していくとともに、お互いの知識を分け合うことで、全員が一緒に学んでいくような、知識創出の「場」となることも期待されます。
「デジタル時代の組織変革はスクラムが不可欠」
情報サービス産業協会 会長
横塚裕志氏
デジタル革命の渦のなかで、日本企業は生き残っていけるのか。グローバルに進展する第4次産業革命の波に、日本はキャッチアップできるのか。率直に言って、私自身はネガティブに捉えています。興味深い調査結果があります。世界で最も人材派遣会社が多いのは米国ではなく、日本なのです。多くの経営トップが「人材が重要」と言いながら、社員の教育に投資をしないで、派遣スタッフを雇い、ローコストオペレーションに終始している。これでは、貧しいビジネスモデルしか生まれず、国際的な競争力は望むべくもありません。日本企業が生き残っていくには、ビジネスにテクノロジーを取り込み、新しいマーケットを創造するしかないと考えています。しかし、ビジネス側にはテクノロジーに詳しい人材がいません。逆もそうです。これを解決する手法として注目されるのがスクラムです。チームで知識を共有するスクラムのフレームワークは、デジタル時代の組織変革に有効だと考えられます。
「組織の生産性向上に幸福は不可欠」
KDDI ソリューション事業企画本部 副本部長
藤井彰人氏
組織の生産性向上に、サザーランド博士が指摘した「幸福」が重要なことは感覚的にわかりますが、スクラムの仕組みのなかでプロセスを回していくと、結果が数字にも表れることは、マネジメントとして日々、実感しているところです。チーム内の雰囲気がいいと、そのチームは必ずや成果を出します。それはスクラムに限った話ではないのでかもしれません。営業チームを見ていても、人と人の組み合わせがよかったりすると、成果は大きい。雰囲気のいいチームに対しては、「この教育を受けろ」「こういうツールを使え」「こうやって生産性を上げろ」と指示をしなくても、チーム自ら「ほかに方法がないか」と考える組織に変革しているのです。かつて所属したグーグルにも、「グーグリー」という行動指針があり、そのなかでユーモアのセンスや余裕を持つことは大切で、マネジメントがチームにリスペクトを払いつつ、自由度を持たせることは、よいことだとされていました。
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