ビジネスメディア主催「Digital Innovation Leadership~ビジネスを創造する組織戦略~」の様子

 クラウド・IoT(モノのインターネット)時代において、既存の組織をどのようにイノベーション組織に変革していくか――。KDDI特別協賛によるセミナー「Digital Innovation Leadership~ビジネスを創造する組織戦略~」が都内で開催され、Scrum inc.CEOのジェフ・サザーランド博士をはじめ、一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏といった世界的権威による講演に、多くの企業経営者、経営企画部門責任者が耳を傾けた。

スクラムの価値観がパフォーマンスを向上

 クラウド・IoT時代の本格的な到来に伴い、従来よりも高速な商品開発のサイクルを回すことで、市場のフィードバックを得ながら、イノベーションを生み出す自律型組織への変革が求められている。「Digital Innovation Leadership~ビジネスを創造する組織戦略~」は、既存の組織をどのようにしてイノベーション組織へと変革し、運営すべきかを、最新経営理論の提供と先進企業の導入事例の紹介を通じて、解説しようというイベントである。

Scrum Inc. CEO
ジェフ・サザーランド博士

 アジャイル開発手法として最も普及している「スクラム」の提唱者、ジェフ・サザーランド博士、スクラムの源流となる論文を1980年代にまとめた一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏による講演のほか、KDDIで「アジャイル企画開発手法」の導入を牽引してきた藤井彰人氏による事例紹介、そして最後に「アジャイル開発とスクラム」に関する著書もある永和システムマネジメント代表取締役の平鍋健児氏をモデレーターに迎えた、パネルディスカッションが行われた。

 最初に基調講演に登壇したのは、Scrum inc.CEOのジェフ・サザーランド博士。「縦割り型組織(サイロ)」と「透明性」「幸福」という三つの側面から、スクラムを活用した組織変革について解説した。

 スクラムは、ビジネス・開発一体型のチームが、顧客のフィードバックを得ながら、高度な商品開発を行う手法として、グローバル企業で普及してきた。アジャイル開発手法のなかでも、特にチーム一体となってプロジェクトを管理することに重点を置いており、ソフトウエア開発だけでなく、ハードウエアの領域でも導入可能だという。

 スクラムでは、「まず縦割り組織(サイロ)を止めるところから始めるべき」とサザーランド博士は話す。スクラム理論の源流となった『トヨタ生産方式』の著者、大野耐一氏は、ゼネラルモーターズやフォードモーターではスペシャリストが無駄をつくっているという課題を指摘し、一つのチームにすべてのスペシャリストを配置し、全員がお互いの業務を学ぶ環境づくりを提案した。「このサイロを解消するのが、毎日のチーム全員での進捗確認『デイリースクラム』です」とサザーランド博士。サイロを解消し、情報共有が進んだチームは、生産性も高くなるという。

 次に重要なのが、透明性。これは野中郁次郎氏の「知識創造理論」にヒントを得た考え方で、機能横断チームの全員が一緒に学ぶことで、暗黙知を形式知に変えたり、全員がお互いの業務について把握したりするなどの効果が生まれる。

 そして最後が、幸福。「幸福は生産性を高める」とサザーランド博士は言い切る。幸福は、報酬や地位といった外発的な要因だけでなく、目標、熟練、自律性といった内発的な要因によってもたらされる。チームが一つの目標に向かって、日々自分たちのスキルを高めながら、自律して働くことを推奨するスクラムは、従業員の幸福度を向上させる。

 「改善はさらなる幸福と処理スピードの向上をチームにもたらします。スクラムの価値観は必ずやパフォーマンスを向上させることでしょう」と締めくくった。

まずは小さなチームで 継続的にプロセスを回す

 続いて講演したのは、KDDIソリューション事業企画本部副本部長の藤井彰人氏。藤井氏は富士通、サン・マイクロシステムズ、グーグルなどを経て、2013年にKDDIに参画。「アジャイル開発の導入が、なぜシリコンバレーの企業にはできて、日本企業ではうまくいかないのか」という課題に直面してきた経験を踏まえ、KDDIにおける企画開発組織の変革事例を紹介した。

KDDI
ソリューション事業企画本部
副本部長
藤井彰人氏

 「日米企業における大きな格差は、事業開発部門にITエンジニアがいないことや、組織や雇用環境の違いに起因する」と指摘。その結果、日本企業の企画開発は「ウォーターフォール型」になってしまいがちだという。藤井氏は、KDDIのアジャイル企画開発手法導入にあたって、まずはスクラムを採用した。「顧客によりよいサービスを提供し続けることをゴールに設定し、まずは小さなチームで継続的にプロセスを回すことから始めました」と振り返る。

 KDDI社内にアジャイル開発を受容するエンジニアがあまりいないことから、企画、開発、アジャイル開発に対応したSI(システムインテグレーション)パートナーのディベロッパー、運用の各担当者でスクラムチームを構成。共通のゴールに向かって、自律的に動く組織づくりに腐心したという。

 KDDIは今後、IoTクラウドサービスの事業領域で、アジャイル企画開発手法を積極的に取り入れていく。「この分野では、何をやれば、どういうビジネスモデルが確立できるか、あるいは顧客に喜ばれるサービスが開発できるのか、まだまだ形が確立されていません。スクラムのフレームワークを適用し、失敗を恐れずサービスを素早くリリースし、持続的な改善サイクルを回していくことが大きなポイントになるでしょう」と藤井氏は話す。

イノベーションを起こす 組織経営のあり方を問う

 知識を創造する組織とそのリーダーのあり方について、長年研究を重ねてきた一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏は、「創造的な組織をつくるには、暗黙知と形式知を触発し、そのプロセスを組織のなかに埋め込み、持続的に形にしていくことが重要」と切り出した。そのためには、三つの条件が必要だという。一つは、「共通善」。組織のなかに「善い目的」をつくることだ。たとえば、本田宗一郎氏は「三つの喜び 買う喜び、売る喜び、創る喜び」、稲盛和夫氏は「敬天愛人(天を敬い、人を愛す)」、豊田章男氏は「もっといいクルマづくり」を掲げた。