「エクセル経営」で知られるワークマンでは変化の過渡期を迎えている。同社はこれまでエクセルを活用したデータ経営を進めてきた。しかし今、急速にAI(人工知能)活用へと舵を切っているのだ。その背景には、どのような戦略の転換があったのだろうか。AI導入の狙いと今後の展望について、同社データ戦略部 部長 長谷川誠氏と、同社が導入したビジネス現場向け予測分析ツール「Prediction One」を提供するソニーネットワークコミュニケーションズ社の金子直樹氏に話を聞いた。

AIを活用し、「エクセル経営の課題」を解決

――「エクセル経営」を推進してきたことで知られているワークマンがなぜ、AI導入に舵を切ったのでしょうか。その背景について教えてください。

長谷川氏 まず、エクセル経営の発端についてご紹介します。2011年頃、当社の経営はまだアナログな状態で行われていたため、データに基づいたビジネスの意思決定が必要とされていました。そこで、まずはエクセルの社内教育を実施して、分析スキルを強化していったわけです。

株式会社ワークマン データ戦略部 部長 長谷川 誠 氏

 エクセルを活用した分析では、主に「相関関係」と「因果関係」の解明を行います。ここでいう「相関関係」は、事象Aと事象Bが関係していることを意味します。相関係数などの数値で示すことができるわけです。一方「因果関係」は、“事象Aだから事象Bである”というように、「原因と結果の関係」を意味します。

 例えば、梅雨明けにはメガネやベルトといった身の回りの商品がよく売れます。こうした「因果関係」は、梅雨の間に汚れたものを買い替えるお客様が多いことから生まれます。このあたりは相関の数字だけを見ていても、なかなかわからないのです。実務を知っていることが不可欠といえるでしょう。

 ここでエクセル経営だと「因果関係」が証明されてもデータ収集を行う必要がありますが、時間やコスト、労力がかかることが課題でした。

 また、統計解析ソフトも併用しているものの、分析の専門家でない私たちには学習の負担があったり、解釈のミスがあったりする点も解消する必要がありました。そこで、「因果関係が証明されたものはAIに任せて、機械学習やディープラーニングを活用したほうがよい」という結論に至ったのです。

―― 今後も「エクセル経営」を継続・踏襲されるとのことですが、AI導入によって何を変えようとされているのでしょうかAI導入後に「変わること」「変わらないこと」を教えてください。

長谷川氏 AI導入後に変わるのは、ルーティン化できる業務の進め方です。AIによって業務の属人化を解消し、標準化や品質向上を実現することができます。

 例えば、以前の需要予測は、一人ひとりのバイヤーやロジスティクスの担当者がエクセルを使って行っていました。しかし、その過程は属人的になりがちで、予測技術の継承に難しさを感じていました。また、同じ予測を同じ人物が2回行うと2回とも異なる予測値が出ることもあり、精度が安定しないことも課題でした。これにAIを活用することで需要予測精度が向上し、予測値のバラツキを改善することができました。予測が外れたとしても、アルゴリズム選定やパラメータ(説明変数)の変更をすればよいので改善も容易です。

 一方で、AI導入後も変わらないことがあります。

 例えば、トラブル対応、現場の判断、お客様との交渉等、人とのコミュニケーションを中心とした業務が挙げられます。現在のAIの役割はルーティン化できる業務の自動化が中心です。ルーティン化できない業務がたくさん残されているからこそ、そこは人が担う必要があります。

AIは万能ではないからこそ、テーマ設定が鍵に

―― 金子さんにお尋ねします。ソニーネットワークコミュニケーションズでは、さまざまな企業のAI導入を支援していますが、AI導入がうまくいっている企業とそうでない企業があるようです。要因はどのような点でしょうか。

金子氏 技術面とビジネス面、その両面の課題があると思います。

 技術面での課題は二つあり、その一つ目は「そもそも分析するためのデータがない」という点です。AIはデータが基盤になりますので、データの量が少なかったり、データを収集できる環境が整っていなかったりすると、うまくいきません。

ソニーネットワークコミュニケーションズ株式会社
法人サービス事業部AI事業推進部 金子 直樹 氏

 技術面の課題の二つ目は、「人材」です。現場の方々にAIを活用していただくためには、AIやデータに関するある程度の知識が必要です。その点、ワークマン様ではリテラシーの高い社員の方が多く、AIを活用する土壌があると思います。

 ビジネス面の課題は、「何のためにAIを活用するのか」というテーマ設定の難しさです。AIが万能ではないからこそ、「自社のビジネス課題をAIでどう解決するか」を紐づけることが大切です。

 AI導入の成功は、技術面だけでもビジネス面だけでも実現できません。技術面とビジネス面の相互作用があって初めて、AI導入を成功に導くことができます。

―― 金子さんから、テーマ設定が大事だという話もありましたが、ワークマンでは現在、どのような部門の方が、どのような用途でAIを活用されているのでしょうか。

長谷川氏 主に需要予測の必要性がある部署で活用しています。例えば、データ戦略部、ロジスティクス部が挙げられます。

 人間がAIを有効かつ安全に利用できる状態のことを「AI-Ready」*1と言います。当社では「AIとデータの力で新たなワークマンカルチャーを創造し、お客様を“もっと”増やしていく」という、「ワークマン版AI-Ready」を設定し、そのロードマップで自社の状況を確認しながら、AI活用を推進しています。

*1. 内閣府が提唱する概念。日本経済団体連合会が示す「AI活用戦略(AI活用の5原則)」においても、AI-Ready化が掲げられている。

社内認定資格制度を軸にAI活用を推進

―― ワークマンでは、AI活用にあたって、ソニーネットワークコミュニケーションズの予測分析ツール「Prediction One」を導入されたそうですね。選定の理由について、教えてください。

長谷川氏 まず、UI(ユーザー・インターフェース)の使い勝手がよく、操作しやすい点を評価しています。また、予測理由がわかりやすく示されるため、分析の専門家でなくとも解釈が容易だと判断したからです。また、導入コストが低く抑えられる点もよかったですね。

Prediction Oneでは、予測の理由の分析結果もわかりやすく表示される
拡大画像表示

―― ツールの社内浸透や人材育成にはどのように取り組んだのでしょうか。

長谷川氏 AI活用の社内浸透は、社内認定資格制度を軸に推進しています。分析スキル、AI知識・理解に向けて「分析チーム」「データサイエンティスト」「データ分析エンジニア」といった社内資格を運用しています。また、これらに応じたスキルを習得するため、社外の資格取得も推奨しており、資格取得による報酬制度も設けています。

 ただし、分析の専門家や凄腕エンジニアを育てるつもりはありません。当社のビジネスに深く精通した社員が、全員データ分析を行えるように民主化されたシステムを活用し、議論できることが重要と考えています。

 技術革新が進む中では、日頃から勉強しないと市場やお客様のニーズに応えることができません。そういったことを常々伝えているため、社員の意識やリテラシーも高まっています。販促企画の検証においても、ABテストといった取り組みを各現場で当たり前のように行っています。

―― 金子さんは企業のAI人材育成の支援にも携わっているそうですが、ワークマンの取り組みにどのような印象を持っていますか。

金子氏 データサイエンティストやデータ分析エンジニアといった一部の専門職のスキルだけを伸ばすのではなく、売り場も含めた社員全員が参加できる仕組みをつくっている点が大きな特徴です。データに対する理解を深めた社員の方が現場に増えていること、そして、目の前にある課題を解決するためにデータをどのように判断すべきか、といったことが議論される風土醸成こそがAI活用推進につながっているのだと思います。

―― ワークマンでは今後、AI活用をどのような領域まで広げられるお考えでしょうか。

長谷川氏 現状のAI活用は「需要予測」にとどまっています。店舗、物流の発注は需要予測システムが行っているため、コストダウンと精度向上が実現できました。しかし、その他のAIについては活用できていません。この原因はデータが数値データの蓄積しかないため、活用の範囲が限定されるためです。

 当社ではAI活用を始めたばかりで、どのような領域でAIを活用できるのかまだ議論を進めている途中です。今後は画像認識、自然言語処理も視野に入れて活用を考えていきたいと思っています。また、Prediction Oneを社内に浸透させることでAI活用を加速させ、さらなる人材育成の強化にも取り組みたいです。

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