わずか35歳で台湾の閣僚に就任し、現在デジタル担当大臣を務めるオードリー・タン氏。東京都の新型コロナウイルス対策サイトの改善に貢献するなど、日本でも絶大な人気を誇っている。そのタン氏が10月14日に開催されたオンラインイベント「NoMaps Conference 2020」のキーノートセッションに登壇。Code for Sapporo / Code for Japanの古川泰人氏をモデレーターに、さくらインターネット 代表取締役社長の田中邦裕氏とともに「市民生活とテクノロジーの調和」と題したディスカッションを行った。その内容をダイジェストでお伝えする。
デジタルリーダー不在の日本にもチャンスはある
古川:まず日本のデジタルの取り組みについてお考えをお聞かせください。
タン:日本と台湾は、テクノロジーに対して「社会がテクノロジーの進む方向を導いていかなければならない」という共通の視点を持っています。私も、テクノロジーは社会のインフラ、社会の目的に応えるものでなければならないと考えます。これは日本政府が進める「Society 5.0※」とも共通しており、社会が産業に合わせるのではなく、産業が社会に合うようにアップデートしていかなければなりません。
※Society 5.0…サイバー空間と現実空間を融合させ、さまざまな人とモノがつながり知識や情報が共有されることで社会課題や経済発展を可能にするという未来社会のコンセプト
田中:よく日本は「ビジョンはあるが実行力に欠ける」などと言われます。デジタル推進についても閉塞感を抱いていて、オードリーさんのようなデジタルリーダーを求める声が大きいのです。そんなリーダー不在の日本の現状をオードリーさんはどう見ていますか。
オードリー・タン氏
タン:私は2016年にデジタル大臣に選ばれましたが、当時、優秀な方はたくさんいました。なぜ私が選ばれたのかというと、当時私は仕事を引退して「ひまわり学生運動」に参加してたくさんの方とさまざまな仕事をしていたため、広く公衆に奉仕する「公僕」として見られていたからだと思います。同じように、日本にもたくさんのリーダーがいるはずです。台湾では「リバースメンターシップ制度」といって、年長者の閣僚に対してデジタルネイティブの若者たちが相談役になってサポートする方法を採用して世代を超えた連帯を築いています。ですから、日本でもCode for Japanなどを中心に、そうした変化を起こせると考えています。
古川:その制度は興味深いですね。ですが日本や台湾には「年長者を敬う」という儒教思想があると思います。そのなかで若い世代と年長者がスムーズに議論するにはどうすればいいでしょうか。
タン:例えば「リバースメンターシップ制度は、儒教思想よりも尊重される」といったルールを作るなど、誰にでも理解できる仕組みを作ればいいのです。年長者も若者も平等な立場で、必要なリソースやサポートを提供できるようになります。すると、より多くの人が年功序列よりもこのルールを規範とすることになります。制度を明文化することがとても重要なのです。
総統自らがハッカソンを主催
優秀作品は国家プロジェクトに
古川:なるほど。では、地方の取り組みについてはどうでしょうか。行政が持つ情報をオープンデータとして公開する取り組みがありますが、不十分な部分も多いのも事実です。
タン:台湾では総統杯というハッカソン(IT技術を競うコンテスト)を毎年開催していて、優秀なチームに総統自らが表彰します。その1つに、水筒やペットボトルなどの容器にお茶を入れてくれるスポットを地図上にマッピングする「Serving Tea(給茶)」というサービスを発表したチームがありました。ユニークなのは、単に給茶スポットをマッピングするだけでなく、プレイスメイキング(人々が快適に過ごせる場所)ショップを併設し、規格外の農産物を加工したジャムや、そのジャムを入れた飲み物をそこで販売したことです。
この総統杯での表彰がきっかけで取り組みが広がり、より多くの人が多様な形で環境保護について考えるようになったのです。これはほんの一例ですが、行政がハッカソンで社会実装も含めた公約を掲げ、政策として実行するようにすれば、取り組みが地域から全国へと広がっていくでしょう。
代表取締役社長
田中 邦裕氏
田中:総統自らコンテストを主催し、それに対してみんなが応募して最終的に国のプロジェクトになるというのが素晴らしいですね。日本でもきっとできるはずですが、いまのところできていません。これはぜひ政府に提言したいところですね。
地方への投資こそ、社会への長期的なリターンになる
古川:第一次産業について、台湾ではどのような取り組みが行われていますか。
タン:台湾では、ドローンで農薬を散布する取り組みが進められています。ただ、農地には高速な光ファイバーや強度なWi-Fiが届かない地域も多くあります。そこで、農業や漁業が盛んな地方から優先的に5Gの整備を進めました。5G無線技術の設計や業務委託をする際、主要な通信事業者に多額の予算をあらかじめ先払いするように命じているほか、地域の共同組合や社会起業家たちが通信事業者と共同事業を行った際には奨励金を出しています。今後は、自動運転や遠隔医療、遠隔教育を含む5G導入のサンドボックスにも取り組んでいく計画です。
田中:地域課題を解決するために、日本でも5Gのサンドボックスを使用したさまざまな実証実験が行われています。インフラが整っている都市部と違い、地方にはさまざまな課題がありますが、テクノロジーでサポートできることは多いと感じています。
古川:地方に優先的に投資するのは、デジタル的な分断を解消するためでしょうか。
タン:台湾のサンドボックスは、解決すべき社会的問題や課題が存在することを前提に導入されていて、とても実践的です。特に医療や教育、通信については地方を優先することで平等性がもたらされ、長期的に見て投資の社会的なリターンが高いというのが現実的な見解となっています。
古川:企業にとっては地方への投資はハイリスクローリターンに見られがちですが、その点はどのようお考えでしょうか。
タン:地方への投資は、企業自身のイノベーションを促進する要素になります。多くのイノベーションは既存の研究開発の枠組みの外側にあるエコシステムで起こります。オープンイノベーションのエコシステムに参加し貢献することで、企業はコストを削減し、リスクを下げることもできるはずです。
必要なのはコードを書く力ではなく、課題解決の「デザイン力」
古川 泰人氏
古川:さくらインターネットでは、シビックテックやOSS(オープンソースソフトウェア)コミュニティへの積極的な支援を行っています。ソーシャルイノベーションに参加するために民間企業はどのような役割を果たすべきでしょうか。
田中:まず大事なのは、シビックテックへの貢献は、宣伝や広報ではないということです。現状だけを切り取れば社会貢献はコストと時間がかかり、企業の利益にはなりません。ただ、長期的な観点で見れば、企業が社会とのつながりを持ち続けることで、その企業は社会にとってかけがえのない存在になります。社会とつながる企業の方が、企業としての存在意義を維持できるということです。
古川:シビックテック活動において必要とされる属性やスキルはどのようなものでしょうか。
タン:台湾ではプログラミングのことを「ソフトウェアデザイン」と呼んでいます。私自身、ソフトウェアエンジニアといわずにソフトウェアデザイナーと言っています。これは、この仕事が「人」を相手にするものだと強調したい意図があります。これによって、ソフトウェアデザイナーとして働く人のジェンダーバランスの均衡が取れるようになり、インタラクションデザイナーやサービスデザイナーといった、ソフトウェアを設計する作業において、重要な話がしやすくなります。
今後AIによって、コードを書く作業はより自動化されるでしょう。だからこそ、人との会話によって自分で課題を発見する対人スキル、また異なる立場にいても共通の価値を見出せる能力が重要になります。それは、もはやエンジニアではなくデザイナーやファシリテーターと言えるでしょう。
田中:私も、将来的にはプログラミング分野でのコーディングはコンピュータがすべてこなせてしまうと思っています。最近のノーコード開発のように、どんな課題を解決したいのか、目的に照らし合わせた開発の手法にどんどん変わってきています。人々が何を欲しがっているのか、何を解決していくのかという志向に変わっていくと思います。
古川:最後に若い方に向けてメッセージをいただけますか。
タン:ソーシャルイノベーションにおいては、若者であっても年長者であっても何ら変わりありません。安全で快適な場所に満足せず、そこから飛び出して知らない人と一緒に働いてみてください。そこで新しい視点を得ることができるはずです。
田中:若い人に私の人脈やノウハウを伝えていきたいと思っています。若い人や現場の人たちが活躍できる社会がより良い世界を作っていくことにつながっていくと考えています。
古川:ありがとうございました。
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さくらインターネット株式会社 広報担当
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