日本工業大学 学長 成田 健一 氏
学修支援センター(※後述)にて

「実工学の学び」をかかげ、社会とつながる実践的な工学教育を続けてきた日本工業大学。2018年度の学部学科再編を契機に、「学び続ける技術者」の基盤を強化するため、工学基礎教育のプログラム改革を行った。

 新しくなった基礎教育の成果やこれからの日本工業大学がめざす姿について、成田健一学長に話を聞いた。

2年目に入った工学基礎教育改革

 プログラム改革の一環として導入されたのは、学生一人ひとりの基礎学力強化をめざすクォータ科目制度だ。工学の礎となる「数学」「物理」「英語」、日本語を適切に扱う力を養う「学習基盤」について、入学時に習熟度を測るクラス分けテストを行い、個別の学力にあった科目別のクラスを用意するというもの。個々の学生の「分かるところ」から学びをスタートさせるのが目的だ。

理数言語リテラシー

「基礎的な学習でつまずいている学生も、一人ひとり、つまずいている場所が異なる。分からない部分を丁寧にサポートする体制が必要と考えました」と成田学長は話す。

 クラス分けテストの結果、数学については全体の入学者の半数以上が一番初級のクラスからスタートした。初級クラスからスタートすると、その後、3段階のテストに合格しないと2学年に進級できない。

「留年がかかった厳しい方針でしたが、セーフティーネットも手厚く用意しました」
「基礎科目だけのための常勤教員24人とほぼ同数の非常勤教員をそろえ、指導内容を充実させた。同時に学修支援センターという各教科の基礎を個別に指導してくれる『駆け込める場所』も充実させ、職員やチューターにいつでも質問できる環境を作りました」

「学び合いの場所」と連動した改革の成果

「駆け込める場所」が進化して「学び合いの場所」になったのが、昨年12月に竣工した多目的講義棟(愛称:ラーニング・キューブ)だ。学修支援センターでは個々の学生に対し、毎週の成績を把握した専属のチューターの教員がカスタムメイドの指導を行う。その隣の自主学習スペースは学生の予習・復習に多く活用される。

多目的講義棟 愛称「ラーニング・キューブ」

「授業が終わった後、学生たちが分からないことをそのままにして帰ってしまわないように、『集える場』が必要だと考えた」という成田学長。
「『集う』といっても、遊ぶ場ではなく、学び直す場。その日のうちに分からない部分をなくすための場所です」

「そこで今、教え合い、学び合いが起こってきている。友達を教えるというのはとても大事です。教えることで知識が定着し、教えた側が伸びるからです」

「1年が経ち、学生たちが応えてくれているのを感じます」と成田学長。
「初級クラスから数学の学習をスタートした学生の約9割が、現段階で2学年に上がれるレベルまで合格した」という。それだけではない。

「上を見ると、大学院入試レベルの応用解析まですでに先取りして修了した優秀な層も約3割に及びました」
「基礎学力強化の成果はすでにあらわれています」と胸を張る。

専門的な「ものづくりの力」も忘れない

 日本工業大学が力を入れているのは基礎学力強化だけではない。
「もともと『作りたいから』『設計したいから』と入学した学生たちです。ずっと基礎科目だけだと退屈してしまう。彼らの『やりたい』に応えるため、専門教育を大切にしています」
学生たちは1学年から実験・実習をスタートし、専門科目を通じて技術と理論をあわせて学ぶ。

 機械の取り扱いを学ぶ「ものづくりリテラシー」も1学年の科目だ。安全教育を受けながら、トレースカーを作って電気回路や金属加工など、ものづくりの基礎となる知識・技能を身につける。ドライバーもねじも触ったことのない普通高校出身の学生から、すでに器具の扱いを知る工業高校出身の学生まで、「学生は面白がって受講しています」という。

「ここでの学びがその後の高度な専門教育につながってくる。学びを深めた学生たちに共通するのは、実工学の専門力と、目の前の課題に真摯に取り組むまじめさです。卒業生に対する企業の期待が大きいのもそのためでしょう」と成田学長は分析する。

世の中の課題を自分で見つけ、専門力で解決する学生たち

 学内で開催するビジネスプランコンテストでも、目の前の課題をくみ取る力で新しいサービスが生まれようとしている。

 建築学科3年の村越玲奈さんは、NPOスタイルのビジネスプラン「外国人ママのための住みやすい街づくり」を提案し、グランプリとなる学長賞を獲得した。外国出身の母を持つ彼女自身の体験をもとに、外国人シングルマザーの困りごとを解決するサービスを提案する。社会で孤立しがちな外国人シングルマザーにむけた就職支援や子育て支援、手続きサポートなどを核に、すでに自治体と共にプロジェクトの実現に向けて動き始めたという。

「建築学科では、『暮らしを設計するのは建築であり、街づくりは暮らしを支えることのすべて』と教えてきた。このビジネスプランは、自らが困ったこともある経験を『暮らしを設計するためのサービス』に積極的に結び付けた、人に寄り添う力を感じる提案だった」と成田学長。
「世の中の課題を自分で見つけ、専門力を生かしてその課題に取り組む学生が出てきた」と喜ぶ。

寄り添う技術で日本を支える

 こうして地に足の着いた課題解決型の思考を用い、新しいサービスやプロダクトを作るのは、日本工業大学ならではのスタイルだ。
「4年間で現場に行ける技術者に育てるのが、私たちの教育。学生たちには、ものをつくること、アイデアを形にすることを学び、それを社会に生かす経験をしてもらいたい」と成田学長は語る。

「これからの時代、一人ひとりが課題をかかえる超高齢化社会がやってくる。技術の力でできることはたくさんあります」
「自らの目で現場からアイデアをはぐくみ、自らの手ですぐにプロトタイプを作り、それを現場に返してやり取りしながらモノやサービスを生み出す。学生たちには、そんな経験をたくさんしてほしい。そして、一人ひとりに寄り添う技術で、日本の未来を支える人材に育ってほしい」と期待を込める。

<取材後記>

「私たち教える側も、アップデートをつづけています」と話す成田学長。一人ひとりの学び方に合わせて教える内容や教え方を変えることで、基礎教育のテストに合格した学生も多いという。
進化には確固たるポリシーと柔軟さの両方が必要だ。改革を続ける大学の本気が垣間見えた気がした。


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