エネルギー需要の拡大と環境や安全性への配慮から、次世代の電動化革命が起きている。その波はあらゆる産業界に波及しているが、こと自動車業界では、ハイブリッド車や電気自動車の開発が世界中で急速に進展している。電動化を実現するためには、エンジニアが電動化のメリットを理解し、目的を達成する設計をより早期に実現するためにシミュレーションを有効に活用する取り組みが求められている。
電動化の設計に関連する5つの重要分野
電動化には、低炭素のエネルギー源から電力を得ることで、コストを低減しつつ環境への影響も減らす効果がある。電動化されたシステムは、内燃機関と比べると軽量化され精密な制御が可能になる。電動化されたシステムは、次の5つの重要な設計要素によって構成されている。
・パワーエレクトロニクス
・モーター
・バッテリーや燃料電池などのエネルギー源
・電気機械システム統合
・制御ソフトウェア
これら5つの設計要素の相互作用を考慮し、組み合わせた時に当初の目的が達成されるようにシステム全体の設計を最適化するためには、より洗練された新しいエンジニアリングのアプローチ、すなわちエンジニアリングシミュレーションの活用が不可欠となる。アンシス・ジャパン株式会社 マーケティング部の柴田克久部長は、電動化におけるエンジニアリングシミュレーションの重要性について、次のように話す。
「バッテリーでモーターを駆動して走行するためには、充電容量と電力消費のバランスを考慮するだけではなく、発生する熱への対策も含めて、複雑な条件を踏まえた総合的な設計が必要になります。自動車の電動化が加速していけば、複雑な電気機械システムの統合と、それらを制御するソフトウェアも複雑かつ高度になります。これらのシステムを短期間で効率よく開発するためには、エンジニアリングシミュレーションの活用が競争力を左右するのです」
電動化に関連する最も複雑な問題をより直感的な手法で解決し、技術革新に素早く着手して、市場のリーダーとしての地位を築くために、ANSYSでは最先端の電動化シミュレーション環境を提供している。その優れた環境を活用したのが、Volkswagen Motorsport 社である。
Volkswagen Motorsport 社がわずか9ヶ月で
電動レースカーの開発を実現
Volkswagen 社は、2017年に乗用車としてEVを製造し販売する長期的な戦略を策定した。この戦略を加速するために、2018年に目に見える形で実証したいと考えていた。そのデモンストレーションに選ばれた舞台が、「雲へ向かうレース(The Race to the Clouds)」と呼ばれる米国のパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム(Pikes Peak International Hill Climb, PPIHC) の 2018 年大会である。
柴田氏は「EVの開発においては、様々な設計上の目標があります。例えば、バッテリーの持ちをよくして航続距離をできるだけ長くする、という目標があったとしましょう。この設計目標を達成するためには、それぞれの国の交通事情を踏まえなければなりません。例えば日本の都心とドイツの高速道路・アウトバーンを比較すると、それぞれの土地の気温などの気象条件や、ストップアンドゴーの頻度やアクセル開度などの運転状況を踏まえて検討しなければなりません。これを実際に走行実験でやるのは莫大な時間と労力が必要になるので、シミュレーションの活用に期待が高まっています。パイクスピークのケースですと、コースが一般の公道なので、そもそも実験走行ができませんでした。そこで、シミュレーションによるアプローチが不可欠だったのです」と話す。
Volkswagen 社が参加を決めた段階で電動レースカーの開発に残された時間は、9ヶ月しかなかった。開発を担当したVolkswagen Motorsport 社は、レースカーの車体設計を短縮するために、既存のレースカーモノコックの採用を決めた。ただし、採用したモノコックは、ガソリンエンジン用に設計されていたため、搭載できるバッテリースペースが限られていた。加えて、Volkswagen Motorsport 社には、レース用のバッテリーを設計した経験がほとんどなかった。そこで、ANSYS のチームがシミュレーションを使用してバッテリーモジュールの設計と妥当性確認を支援する形で、両社の共同開発がスタートした。
新記録樹立に求められたシミュレーション技術
電動レースカーにおけるバッテリー設計の課題は、直線コースでピーク速度を出すための十分なエネルギーの蓄えに加えて、レースの最終段階で確実にエネルギーを残す精密な容量の計算にあった。この課題を解決するに、セルの選択をはじめとして、バッテリーパックのサイジングや冷却、充電効率など、さまざまな問題を洗い出した。そして、複雑な組み合わせの中から、最適なパラメータを算出する取り組みが求められた。例えば、十分な電力を確保するためには、大量のバッテリーパックが必要になるが、そうなると車体重量の増加と狭いシャーシ内への収納が困難になる。ゴールまでの走行時間と負荷をシミュレーションして、最大の電力と最小の蓄電量という絶妙なバランスを算出しなければならない。さらに、バッテリーは温度によって充電状態に影響が出るため、シミュレーションには物理法則も含めた高度な事象の再現性が求められた。
柴田氏は「パイクスピークの場合は、運転の状況や走行距離などの走行シナリオは、一般の公道と比べると、かなり特殊な例でした。しかし、結果としてはシミュレーションを活用したアプローチで成功しました」と説明する。
Volkswagen Motorsport 社のエンジニアは、完全なシミュレーションプロセスを利用したことで、ゴールに到達するのに十分な充電量がバッテリーパックに貯蔵され、短距離レースで熱特性に問題が生じないと確信した。そして、シミュレータによる予測シナリオを上回る7分57秒148という新記録を樹立した。
Volkswagen Motorsport社とANSYSによるI.D. Rでの挑戦は現在も継続されている。史上最速の電動レースカーを目指し開発された最新型のI.D. Rでは、今年の6月にニュルブルクリンク北コースにて電気自動車部門の最速ラップタイムとなる6分05秒336を記録した。
アンシス・ジャパンが取り組むVolkswagen Motorsport 社の事例を始め、電動化に関する取り組み・活用例は下記のページで紹介しているので、一度ご覧いただきたい。
■アンシス・ジャパンの電動化に関する取り組み・活用例の詳細はこちら
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