求められる製品の提供から
顧客の潜在ニーズの先取りへ

この2018年1月に、トムソン・ロイター「TOP 100グローバル・テクノロジー・リーダー2018」に選出されたOKI。その評価項目の中でも、イノベーションや品質面で特に高い評価を獲得し、改めて情報通信分野における高い技術力を見せつけた。だがそれにもかかわらず、この3年間、売り上げは減少傾向にあり、横田氏は危機感を隠さない。

現在同社には大きく分けて4つの事業本部があるが、情報通信は国内市場のみ。またATM、プリンタ事業もデジタル化の中で縮小傾向にあるからだ。唯一EMS(設計・生産受託サービス)は伸びているが、事業の柱に育つにはまだ時間を要する。

沖電気工業株式会社 執行役員 経営基盤本部長 Chief Innovation Officer(CINO) 横田俊之氏

「これらに続く、新たなビジネスの柱が育っていないという課題があります。お客様のニーズに応える技術力があるのに、それが売り上げにつながらないのはなぜか。考えた結果、事業機会を発見し、新たなビジネスモデルへと育て上げる力が欠けていると気が付いたのです」(横田氏)

OKI は長いこと、NTT や金融機関、政府公共機関などの顧客が要求する仕様の製品を高い品質で提供することが最上のミッションだった。だが、社会の変化は著しく、今度は顧客の側から「時代に合わせてどんなものをつくるべきか提案して欲しい」という声が聞かれるようになってきた。

「こうしたお客様の背後にいるエンドユーザー、さらには、エンドユーザーの背後にある潜在的なテーマや社会課題なども見据えた、広い視野での課題解決と価値を提案する能力を、私たち自身で磨く必要がありました」(横田氏)。

インタビューで課題を抽出
Yume Proのプランを固める

さっそく横田氏は、一般社団法人Japan Innovation Network (JIN) 専務理事 イノベーション加速支援グループ長 西口尚宏氏のアドバイスを受け、2017年8月の経営会議で社長を始め経営陣へ提言を行った。

「近年は高確率でイノベーションを起こすマネジメント手法の国際標準化も進んでおり、これに乗り遅れると当社の存続は危ういと率直に伝えたところ、2日後に社長から『ぜひ進めて欲しい』との指示がありました」(横田氏)と危機感をトップと共有し、その号令の下、プロジェクトの端緒を開いた。

まず横田氏は、役員全員と新規事業経験者、現在新規事業に携わっている社員の約50名にインタビューを行い、OKIが抱える課題とどんなチャレンジが必要かを洗い出した。この結果を基に、社長と議論を重ねながら具体的プランをまとめ、18年4月には専任部署となるイノベーション推進部が発足。同時に横田氏がChief Innovation Officer(CINO)に就任して、OKIのコーポレート・スローガン「Open up your dreams」を体現し、社会課題を解決して夢の扉を開く「Yume Pro」はスタートした。

ここで注目したいのが、スピードだ。社長からの指示が17年8月。10月にはプロジェクトチームが動き出し、年末までに組織づくりと施策固め、予算確保までを完了。明けて18年1~3月で最終の準備を進め、4月の新年度と同時にYume Proが動き出した。国内外のイノベーション事例に精通しているJIN 西口氏も、OKIの今回の事例は「最速」といってよいレベルで、トップのイニシアチブと実行部隊が噛み合っている好例と評価する。

「もともと新年度に間に合わせるという、きわめて厳しい時間の制約があったため、私たちの主催する『イノベーション塾』という15週間の集中コースに各部門の部長クラスを集めて、課題の共有や共通言語で語り合うといった、短期間で全員がレベルアップできる方法でスピードアップを図りました」(西口氏)。

一般社団法人Japan Innovation Network 専務理事 西口尚宏氏

SDGsをベースにした研修で
社会的課題の解決策を探る

では、「Yume Pro」とはどんなものか。「SDGs*に掲げられている社会課題から事業機会を見い出し、イノベーションを創出する」というものだ。単なる一企業の業務改善ではなく、それが社会全体の持っている悩みや潜在的需要を満たし、「世の中をもっと良くする」ことを目指している。現在は、「医療」「物流」「住宅・生活」という具体的な3領域にフォーカスし、外部との連携を含めた新規事業創出活動が進んでいる。

Yume Proが全社員参加を目指して実施しているワークショップにて。手前はYume Proのロゴマーク

同時に、現在ハイペースで実施されているイノベーション研修は、JINの西口氏とOKIイノベーション塾の千村塾長が担い、要所でアドバイスを加えながら参加者の理解を促している。千村氏は、VoIPの開発をはじめとするさまざまなイノベーションに携わったOKI屈指のイノベーターだ。西口氏にリードしてもらいながら立上げた研修は、千村塾長の下、今は完全に内製化できるレベルになった。

OKIがSDGsに注目したのは、昨年8月に西口氏を招いて行った経営層向けのセミナーがきかっけだった。日頃、社会課題の中から事業機会を見出すべきと考えていた川崎会長は、西口氏の話を聞いて「これだ!」とひらめいた。直後に、川崎会長、鎌上社長のイニシアチブの下、SDGs起点で事業を進めていく方針を打ち出し、役員は、SDGsピンバッチを着用し始めた。鎌上社長は、昨年11月に行われたOKIプレミアムフェアで、この方針を宣言した。

また、横田氏が、社員50名にインタビューした際にも、「新規事業を起こす必要性は分かるが、どんなことをすればよいのか」という声を多く聞いた。「何もない状態で『新しいものを』と言っても抽象的で手が付けにくい。そこで一つ SDGs という共通のテーマを設定することで、具体的なイメージを持ちやすくなると考えました。また、『お客様の言う通りにつくる文化』から『お客様の背後にいるエンドユーザーや社会の変化に目を向ける意識』にシフトしていく上で最適のテーマだと考えました」(横田氏)。

* SDGs: 2015年9月の「国連持続可能な開発サミット」で採択された「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)。2015年から2030年までに、貧困や飢餓、エネルギー、気候変動、平和的社会など持続可能な開発のための諸目標を達成すべく、17のゴールと169のターゲットから構成されている。※国際連合広報センターWeb サイトによる。
 

一人ひとりの気づきと思いを
新たな事業創造のために共有

コンセプト以外にも、Yume Proにはいくつものユニークな特長がある。その1つであるイノベーション研修だが、18年度は1000人規模での実施を予定し、受講対象は社長、会長をはじめとする経営層が率先し、部門長、部長クラス、一般社員に広げていくという、トップダウンの形で進められている。これを19年度には、倍の2000名に拡大するというから本気度が伝わってくる。

「立ち上げに当たっては、社長以下全ての役員がワークショップを受講して、自社の課題に対する気づきや議論を経験してもらいました。それを各事業部門にまで広げていくことで、全社員が自分たちの課題を共有し、共通の言葉で語り合えるようになると考えたからです」(横田氏)。研修受講者には、SDGsピンバッチが授与され、OKIグループ内に着実に浸透させる仕組みだ。 研修開始に際して、JINと国連開発計画(UNDP)が共同運営しているSHIP(SDGs Holistic Innovation Platform)のエグゼクティブ・ワークショップを全役員と共に行い、国連開発計画の近藤駐日代表と西口氏のリードでSDGsの最新の考え方を身につけるなど、トップが真っ先に理解したのが特徴だ。

取材当日にもワークショップが開催されており、参加者は経営企画部門や研究開発部門、営業部門などさまざまな部署に属し立場も業務内容も異なるが、「イノベーションというと何か難しそうな印象だったが、きちんと手法を学べば自分でも取り組めることが分かった」「いろいろな立場の人といっしょに取り組む中で、新しい気づきや発想を得られた」「実習を通じて、考えたことをどういう形で具現化できるのかを学べた」などの声が聞かれた。また、ワークショップ参加者は、所属部署に戻ってから研修成果を内部で共有する役目も担っており、口々に「ここで学んだことをチームのメンバーと共有して、5年、10年先に向けて役立てていきたい」と語り、ワークショップを全員参加としていることの意義深さを感じさせた。

ハイペースで行われるイノベーション研修。OKIイノベーション塾の千村塾長(右から3人目)が、活発な会話を促す

最後に横田氏から、自社のイノベーションにこれから取り組もうという企業のリーダーにアドバイスを聞いた。

「私たち自身まだ始めたばかりですが、ここまでの経験で感じたのは『何よりもスピード!』ということでした。世の中の動向やお客様のニーズに負けない速さで自分たちが変わっていくには、それだけのスピードを出せる組織づくりが欠かせません。その鍵を握るのはトップのコミットメントだと思います」

Yume Proの立ち上げに当たって、社長をはじめ経営陣と現場の社員との間に立って、双方と徹底的に議論を重ねながら意思統一を図ることに努めたと言う横田氏。「トップが『これで行くんだ』と意思を固めさえすれば、組織はすごいスピードで前に進んでいきます。これからもJINの西口さんをはじめ、さまざまな方々と連携しながらYume Proを推進し、『困ったときにはOKIに相談してみよう!』と言われるようになりたい」と熱い思いを語る。

さまざまなイノベーションの類型を見てきた西口氏のひと言が印象的だ。

「イノベーションというと若い人を立てて、とイメージするかもしれませんが、強い問題意識を持っているのはミドル層も同じです。社内外の状況を熟知しているミドル層が熱く語りトップを巻き込む。これは、日本型のイノベーション経営への移行の成功の型だと言えます。OKIはまさにこのパターンです。もっと日本のミドル層に奮起してもらいたいと思います」

● OKIのイノベーション創出の取り組み「Yume Pro」詳細:http://www.oki.com/jp/yume_pro/