変わりゆく社会において、「ものづくり」のあり方も変化を余儀なくされている。
工業高校出身者のための日本初の工業大学として、開学以来、実践を重視した「実工学教育」を行い、「ものづくり」スピリットを受け継いできた日本工業大学。来年で大学設立50周年を迎える同学に、「ものづくり」にかかわる人材をいかに育成し、いかに社会で活躍できる人材として送り出すかを聞いた。
具象に学ぶ「実工学教育」
「私たちが重視する教育の根底には、今も昔も実工学がある」と成田健一学長は語る。
「まず、現場で、実際にものに触りながら具象を学ぶ。そこから、具象を頭に描きながら理論を学ぶ。実験・実習・製図などの体験学習から始めるという教育のあり方は、今も変わらない」
日本工業大学は、昭和40年代に、全国の工業高校からの強い要望を受け、理論と実践技術を兼ね備えた学びの場として創設された。その沿革からして、「つくる」を学ぶ大学である。
50年が経った今も、実工学重視の傾向は変わらない。大学内には最先端の実験研究設備がそろい、学生たちは実験装置を教員が操作するのを「見学」するだけでなく、ひとりひとりに実験装置や工作機械が備えられている。また、学科とは別に、興味や目的に合わせて実践の場としてものづくりに取り組む「工房教育」というプログラムもある。
社会を下支えする工学として
「ただ、現代のものづくりは昔のものづくりとは異なってきている」と成田学長。
「本学開学当時の昭和40年代には、良質なものを大量に安価に生産するという効率面を重視したものづくりが主流だった。しかし今は違う。今は、ひとりひとりに必要なものを、付加価値をつけてカスタマイズしていくのがものづくりの主流。オーダーメイドの時代だ」
ものづくりのターゲットが変わっていく中で、社会の変化に即したカスタマイズをしていくことは、これからの工学の役割でもある。
「社会課題に、技術を使って風穴をあけることができるのが工学だ」と成田学長は指摘する。
「例えば高齢化社会の問題にも、私たちは私たちなりのやり方で取り組んでいくことができる」
在宅医療を可能にする配送のシステムや、情報通信を使った見守り技術など、少しの技術を応用することで、高齢者も安心して社会に関わり続けることができるのだという。
また、高齢者が住んでいる家の居住環境など、医者の診断できない「環境の病気」を治すことができるのは、建築や環境工学など、工学の力の真骨頂だ。医療の業界に建築・環境工学などの工学アプローチを取り入れる取り組みは、福祉工学や、“障がいのある人が普通に暮らせる社会環境を整備する”という「ノーマライゼーション」のための技術として、これから新しいフィールドになっていくだろう。
このように技術を使って業界を連携させ、社会を下支えしていくことが、変化の激しいこれからの社会には不可欠だ。
「最先端技術だけでなく、もっと地に足のついた技術を提供できる人材を育成したい」と成田学長は言う。
課題に取り組む。
「継承と進化」の人材育成
社会に適応した技術は日々変わっていく。これからの時代、「技術が社会において価値を持つためには何が必要か」と俯瞰できる能力も必要だ。
「今までの世界は変化が少なく、世の中が必要な技術のフレームワークを担保してくれていたが、これからはそうではない。所有の概念も変化し、共有が増えていく現代、本当に必要なものをつくる技術者しか残らない」という。
「カスタマイズする能力を持った技術者が必要だ。そのためには、使う人の痛みが分かる人間性や、その基礎となるコミュニケーション能力を備えることも必要。実工学を重視する従来からの教育に加えて、教養教育も重視しているのはそのためだ」
また、昨今、学生の経歴も変わってきている。開学当初は学生のほぼ100%を占めていた工業高校出身者は減少傾向にあり、今は普通科の出身者が5割強だという。そのために、より多様化していく学生たちを目の前に、学生一人一人の実力を見極め、彼らが自発的に工学に向かうための「学びのスイッチ」を入れることを重視しているという。
「教育に万能の処方箋はない」と成田学長。
学生たちが、自らの持つ技術を客観的に見て、変化の速い社会に太刀打ちできる技術に昇華する能力を育む源泉は、実工学と教養教育の融合の中にある。
コスト賞3位、総合12位を獲得。
業界を越えた試み
環境に応じた「進化」はそれだけではない。
学生たちには、地元宮代町と連携した「まちプロ」や、武里団地とのコミュニティ活性化プロジェクト、埼玉県内の大学と連携して地域の医療福祉に取り組む「彩の国連携力育成プロジェクト」など、業界を越えた様々な取り組みのチャンスが待っている。
宮代町の桜の名所「水と緑のふれあいロード」に設置。
「社会とのつながりが薄く、目標像を持ちにくい現代だ。多職種連携や地域包括ケアシステムを通じて、社会の中で役に立つという体験をすること、また、技術を生かして専門家としてコミットするという体験をすること。こういった実社会と技術をつなぐ体験が、学生たちが社会の中で価値を創造できる人材となっていくにあたり、大きな原動力となるだろう」と成田学長は力を込める。
<取材後記>
ともすれば構図が固定化しがちな社会を、技術で変えていく。「みんなが社会参画できる社会」を作るための、工学的なアプローチは、先端技術を現場につなげる技術者の存在なくしてはありえない。
「社会に必要な技術のフレームワークを自分の力で見つけることで、社会と向き合っていける、そんな学生を育てたい」と成田学長は言う。
必要なものは、確かな技術と広い視野、そして生涯学び続ける姿勢だという。AIやIT技術の押し寄せるこれからの時代にこそ必要な、社会と技術の接続点となる専門家が、これから多く生まれてくることを期待したい。
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