今年2016年4月に学習院大学に開設した国際社会科学部。学習院大学としては実に52年ぶりの新学部である。
「大学の国際化」が叫ばれて久しい中、なぜ今、「国際社会科学部」なのか。そこでどのような人材を育てようとしているのか。末廣昭学部長に狙いを聞いた。

学習院大学 国際社会科学部
学部長 末廣 昭 氏

 

「医者を育てようとしているのです」

 近年、海外とりわけアジアへ進出する日本企業の数は増加を続けており、国際ビジネスの第一線で活躍できる人材への期待はいっそう高まっている。しかし、今の「国際化」は世界に出ていくことだけではない。訪日外国人の数もこの2年で急増しており、今や、日本の中の「国際化」にも早急に対応する必要が出てきている。

「国際化を担う人材の育成は、大学にかかっている」と末廣学部長。「私たちは、医者を育てようとしているのです」

医者を育てるとはどういうことだろうか。

「今の国際社会は、多種多様な病気を抱えている。国際社会の第一線で活躍できる人材には、社会が抱える問題を的確にとらえ、問題解決する能力が要求される。医者に例えると、的確な診断を出し、適切な治療を施す能力が必要だということ」

「そのためには、語学を習得し、異文化理解を深めるだけでは足りない。そこから一歩進んで、課題解決のための分析手段を学ぶことが必要不可欠であり、その具体的なツールこそが、社会科学である。学生たちは、法律・経済学・経営学・地域研究・社会学の5つの社会科学の分野から、社会課題の分析手法を学ぶことになる」

具体的なツールとしての社会科学なくして国際社会の課題解決へは近づけない。そういった問題意識に基づいて創設されたのが、この「国際」「社会科学」部の特徴だ。
 

日本とアジア、課題の共有

 しかし、現代の国際社会においては、課題は複雑かつ多岐にわたる。

「テロや食糧問題、エネルギー問題だけが課題ではない」

末廣学部長が長年研究テーマとしてきたアジア経済もその一つだ。都市化の問題や、高齢化、進学・学歴問題、自殺率の上昇など、従来から日本を悩ませてきた課題は、今やアジア全域に共有されるものとなっている。むしろ、アジア諸国・地域の方が日本よりも問題の進展が速いこともある。

例えばタイは情報・消費社会を迎えている。2015年度の調査によると、「携帯電話利用件数は総人口を上回り、スマートフォン普及率は6割に届こうとしている。どちらも日本よりも高い」、「バンコクの高級住宅地の地価・マンション価格は東京近郊の価格に近い」など、今までのアジアに対する見方ではイメージもできない新しい現象が次々と起きている。

先進国と途上国の区別も消失しつつある。「先進国」と「途上国」が世界貿易に占めるシェアは既に近接しており、GDP合計額が拮抗するのも時間の問題だ。先進国と途上国の格差を表す「南北問題」といった用語も過去のものとなるだろう。
 

変化する世界と向き合うカリキュラム

 「従来型の見方では「え?」と驚くような変化が世界中で起こっている」と末廣学部長。「そのような変化や課題の芽をとらえて向き合う能力が重要だが、それは一朝一夕で身につくものではない」

実際に、開講したての入門演習では、学生たちは教育・水資源・テロ・飢餓の原因と、前広に国際課題を検討している。その間口を広げ、そこから一歩も二歩も学習を深めていくのが、これからの彼らの課題であるという。

変化の大きな社会に向き合っていく武器として、「英語や異文化理解のみならず、社会科学や統計の手法を使った分析能力が必要である」。授業カリキュラムの設計も実践的な問題意識に基づいている。

実践的英語力の育成はもちろんのこと、英語と社会科学の学習をリンクさせるアプローチが充実しているのがこの学部の特徴だ。2年次になると、1年次に習得した英語力を生かして、社会科学の中でも入門的な講義は英語で行われるようになる。3年次以降は、すべての専門科目講義は英語で実施される。

4週間以上の海外研修・留学は卒業要件となっているが、学生が自主的に選べるよう多種多様なメニューが用意されている。提携協定校も豊富で、欧米の大学のみならず、ベトナム最大のIT企業が設立したFPT大学など個性豊かな大学をそろえているのが目を引く。
 

国際人の資質

 「しかし実は、語学や社会科学の習得の他にも大事なことがある」

末廣学部長は、学生たちには「世界は変わるものである」という思考を持って学習してほしい、と語る。「変化の激しい世界をこれから生きていく彼らは、過去や今だけでなく、10年後の世界の様子を描くことのできる柔軟な頭を持つことが必要だ。しかしそれは決して容易なことではない」

「好奇心を持つことが何より大事だ。専門にとらわれずに、どんどん間口を広げること。世界の具体的な問題を分析する力は好奇心から育ってくるのではないかと思う」

「感性を磨くこと。バーチャルな世界だけではなく、世界の現場をリアルで見ることで、他人の喜びや痛みを自分のこととして感じる。そういう経験を積んでほしい」

「一歩前に出る勇気も大事。学生たちにはリスクを恐れずに、前へ出て可能性を広げてほしいと思っている」
 

<取材後記>

 35年前に赴任したタイでは、タイ語のメニューを料理の中身も分からないままにまるまる写し、ひとつひとつ食べてタイ社会へ接近していったという末廣学部長 。「長年の研究テーマにタイを選んでよかった。タイは激動の時代を何度も迎え、その都度、新鮮な気持ちで研究を続けることができたから」と。「今までにタイ76県すべてを回ったが、また回りたい。だからどうだと言われそうだが、それを勲章だと思える感覚を大事にしたい」という。

「その地域のまるごと理解に努める」という地に足のついた研究で、痛みも喜びも現地の人びとと共有し、近くて遠い「国際社会」の第一線を走ってきた末廣学部長が、国際社会が日本にぐんと近づいたこのタイミングで「国際人材育成」の第一線にいるということは、時代の要請なのだと思った。



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