BONSAI=盆栽はスイスではクール・ジャパンを象徴するアイテムの1つだ。

 キタノに代表される日本映画、漫画・アニメ、カワイイファッション──今や、日本のソフトパワーは世界中で高く評価され、欧州各地にも多くの日本ファンがいる。スイスもその例外ではなく、和紙を使った提灯型の照明はスイスのどこの家具店でも取り扱っているし、日本式の引き戸式のクローゼットも人気。筆者の周辺にも「省スペースな上に、親子で川の字で寝られる」と敷布団を愛用するなど、生活の一部に和風の素材を取り入れている人が多い。

 最近では、盆栽や、池や石灯篭をあしらった日本風の庭を造り、本格的な日本気分を味わう人まで現れている。

スイスの盆栽の第一人者ピウス・ノッター氏
(筆者撮影)

 盆栽は、日本では「老人の趣味」と思われがちかもしれないが、実は、スイスには多くの盆栽愛好家がいる。その第一人者は、日本盆栽協会などの支援で始まった「世界盆栽コンテスト=World Bonsai Contest」で、2000年に欧米人として初めて大賞を受賞したスイス人庭師のピウス・ノッター氏(58歳)だ。

 ノッター氏は1970年代後半から盆栽のセミナーを開き、1980年代以降は『Bonsai - Über 50 Fragen und Antworten』などドイツ語の盆栽の解説書を次々に出版。スイスで盆栽協会を設立し、盆栽や日本庭園を通じて、日本の美、クール・ジャパンの伝道者となっている。

保険会社勤務のストレスが盆栽で癒やされて、庭師に

ナチュラル・アーツ・サービスと私邸の入口には「日本庭園」の看板。私邸も予約すれば無料で見学できる
(筆者撮影)
日本を訪問するたびに買い集めたノッター氏の盆栽関連の蔵書
(筆者撮影)

 チューリヒから車でおよそ30分、ノッター氏が経営する造園会社「ナチュラル・アーツ・サービス」には、古い農家の建物の前に大型盆栽や植木、石を配した庭園をしつらえている。近くにあるノッター氏の私邸も、数々の盆栽や竹、石、池、錦鯉を配した本格的な日本庭園がある。2つの庭園はノッター氏にとっての癒やしの場であると同時に、「クール・ジャパン」のショールームにもなっている。

 ノッター氏は、まだ保険会社にサラリーマンとして勤務していた35年前に、母親がクリスマスにプレゼントしてくれた世界のガーデニングを紹介する本の中で、初めて盆栽に出合った。その均整のとれた美しさに、ひと目で魅入られてしまったという。

 もともとノッター氏は、山歩きをして天然石を集めるのが趣味だった。山に生える低木は、本で見た盆栽の姿に相通ずるところがあり、次第に山の木々にも興味を持つようになった。そして、山に生えた木を持ち帰っては家で鉢に植え、写真の盆栽を真似て剪定をするようになった。

 当時は、ドイツ語で書かれた盆栽の本などはなく、ひたすら、日本語と英語の関連書を集め、独学で盆栽作りを身につけていった。仕事でどんなにヘトヘトに疲れても、毎晩、家に帰って盆栽の手入れをしていると、不思議と心が安らいだ。

 当時は、まだ盆栽はメジャーな存在ではなかったが、それでも、盆栽を見たことがある人の多くは、「自然に反する行為」「纏足(てんそく)と結びついた文化」など、盆栽に対して強い偏見を持っていた。

 ノッター氏は「盆栽の美しさ、素晴らしさを伝えたい」と考え、休日などを利用して自ら盆栽セミナーを開くようになった。