急速なグローバル化が進む中で、日本が存在感を発揮し続けるためにも「グローバル人材の育成」は大学教育に課せられた大きな課題の1つだ。2000年代以降、「国際」を冠した学部・学科の創設が相次ぎ、英語だけで授業を展開するコースの導入、欧米型のリベラルアーツへの注力が、ある種のトレンドとなっていると言っても過言ではない。
青山学院大学もグローバル人材の育成を目指し2015年4月に「地球社会共生学部」を新設する。しかし、この学部、他の大学のグローバル人材育成系の新学部とはひと味もふた味も異なる独自路線を歩もうとしている。リベラルアーツを基礎としつつも、「社会科学系」の学びに特に重点を置く。全学生にセメスター(半期)以上の海外留学を課すが、留学先は過去に数多くの学生を派遣した実績のある欧米の大学ではなく、タイ、マレーシアなど東南アジアを中心とする新興国だ。
その狙いはいったいどこにあるのか。学部長に就任予定の平澤典男副学長に聞いた。
新興国との関係構築に必要なのは、社会科学の視点
「リベラルアーツ重視のグローバル人材育成の先駆けは国際基督教大学や上智大学の国際教養学部。加えて2000年代に入って発足した国際教養大学、立命館アジア太平洋大学、早稲田大学国際教養学部がトップ集団とすれば、地球社会共生学部は周回遅れのスタートです」―平澤典男副学長は率直に認めるが、その言葉には、微塵の焦りも感じられない。
青山学院大学は、新制大学として開学した1949年の時点から英米文学科があり、1982年には日本で初めて学部名に国際の2文字を冠した国際政治経済学部を設置した。
「青学はこれまでも国際的な人材育成に一定の役割を果たしてきた。しかし、21世紀の中葉に向けて本当に求められるのは、これから発展が期待される東南アジア地域をはじめとした新興国、途上国に精通した人材である。」
「大学の役割は、学生が社会の中核を担う20年後、30年後の世界で役立つ知恵と力を身に付けること。これまで世界経済をけん引してきた欧米各国は成熟期を迎えている。2050年代にはアジアが世界のGDPの5割、アフリカが3割を占めると予測されている。少子高齢化で人口減少社会となりつつある日本経済が活力を維持していくためには、これから伸びていくアジア・アフリカ各国との「共生」をベースにした協調関係が不可欠だ。そして現在の新興国が発展していく過程で生じるさまざまな問題の解決を支援するためには、何よりも社会科学の学びが重要であると考えた」と言う。
学問は「差別」や「貧困」と戦うための道具
地球社会共生学部では、新興国、途上国の発展を阻んでいる「差別」「貧困」「紛争」「情報格差」の4つの問題をキーワードとして、これらの問題にアプローチするための専門的な学問領域を設定する。
・差別について理解し、解決の手段を見つけるための「ソシオロジー領域(社会学)」
・貧困克服のため、経済の仕組みを知り、産業を興し、雇用を創出する方法を学ぶ「ビジネス領域(経済学、経営学)」
・異文化を理解し、紛争が発生するメカニズムや、解決の手法を考える「コラボレーション領域(国際協力、国際関係論)」
・情報格差を埋めるための報道や教育、メディアリテラシーについて研究する「メディア/空間情報領域(メディア論、空間情報学)」
検討の過程では、青学の既存の学部との二重投資を懸念する声も出たが、平澤副学長は「地球社会共生学部のユニークなところは、『30年後のアジア・アフリカの時代に活躍できる人材』という人作りのターゲットを決めたところから、必用な学問領域をピックアップして1つの学部にギュッと詰め込んだところにある」と語る。
「差別や紛争という問題を抱える地域で、現場のニーズを探り、地域にあった制度を整え、産業を興すためには、単一の学問領域の専門知識があれば事足りるわけではなく、むしろ、学科でも、コースでもなく、ゆるやかな“領域”として各分野を設定し、自由に垣根をまたいで身に付けた幅広い社会科学の知識と、それを自在に応用できる力が必要。地球社会共生学部はそうした新世代のオールラウンダーとして活躍できる人材を育てたい。」
青山学院大学の国際政治経済学部の構想は、1980年代、好調な経済力を示しながら、英語力・コミュニケーション力が足りないために国際機関で働く日本人が極端に少ない状況を改善するために当時の理事長が、日本を世界に発信できる人材を育てるために設立した学部だったと言う。
「国際政経創設から30年あまりを経た今、さらに30年先を見据えた長期の視点で、新たな人作りをスタートするのが地球社会共生学部だ。学生には、20年後、30年後に君たちが輝けるのは、これから伸びゆくアジア・アフリカだと教えたい」 ― 平澤副学長には30年後、地球社会共生学部が送り出した人材が世界に羽ばたく姿が見えているに違いない。
<取材後記>
「学生全員にアジアへの半期以上の留学を課す」というのは、なかなか、勇気ある決断だと感じた。長年の提携関係にある欧米の大学に送り出す方が、大学にとってはリスクが少なく、手間が掛からないはずだ。あえて、難しい選択をしたのは、「パッケージ化された留学プログラムに乗って、単位を無事にとって帰ってきましたというだけでは意味が無い。社会科学を志す以上、生活者として現地の暮らしぶりを知り、異文化と衝突するくらいの覚悟を持っていかなければ、本当のグローバル人材を育てることはできない」(平澤副学長)との思いがあったからだという。
アジアへ学生を送り出すために、学生への事前の教育体制を整備するとともに、危機管理の専門家と連携し、24時間サポート体制を構築する。さらに、地球社会共生学部が受け入れたアジアからの留学生が母国に戻った後に、日本からの留学生の現地での生活について支援してもらう「ピアサポート」も取り入れるなど、あらゆるレベルでの安全管理を計画している。
新しい歴史を切り拓くためには、手間も苦労もいとわない―30年以上前に国際政治経済学部を創設した青山学院大学のフロンティアスピリットは、今に引き継がれている。