産業能率大学経営学部の一般入試で受験生が併願する大学のトップ3は東洋大、青山学院大、法政大の経営学部だ。入試偏差値で単純比較すると、産業能率大と併願2位の青山学院大の間にはそれなりに“溝”が存在している。その溝を超えて、併願したくなるのは、産業能率大には偏差値だけでは測ることが出来ない魅力が存在しているからだ。
入学してきた新入生にヒアリングをすると「大学案内を読んで、面白そうなことをやっているなと思った」「他の大学ではできないことをやれそう」という答えが返ってくるという。
産業能率大は学生がグループワークなどを通じて主体的に授業に参加し、知識を身につける「アクティブラーニング」に先進的に取り組んできた実績があり、企業や経済団体が主催するビジネスコンテストへの参加にも積極的だ。高校生の目には、こうした取り組みが「面白そう」に映るのだろう。しかし、産能大の本当の魅力は面白そうなカリキュラムに組み込まれた「学生にスイッチを入れる」仕掛けにある。
専門知識無しでマーケティングプランを考える
経営学部では、毎年、入学直後に全員参加の1泊2日の合宿を実施している。新入生が「産能流のアクティブラーニング」に触れる最初の機会だ。
2014年の松尾尚教授が主任を務めるマーケティング学科の合宿で出された課題は「ブラックサンダーの2015年のバレンタイン商戦のプロモーション案を考えよ」。プラン作成に当たっては、本年度のクライアント企業である有楽製菓との話し合いを通じて、「ブラックサンダー=義理チョコのイメージを定着させる」「メディアに注目され、ニュースになるアイデア」などの条件も付された。
経営学部 マーケティング学科主任 教授 博士(学術)
松尾 尚 氏
ブラックサンダーは年間販売個数1億3000万個を誇る有楽製菓のチョコレートバーだ。30円で買える手軽なおやつとして子どもにも大人気。大学生なら、部活帰りの空腹を紛らわせたり、受験勉強の友としてコンビニで買った経験が一度や二度はあるであろうポピュラーな商品だ。
入学間もなく親しい友人もいない時期だが、学生をグループ分けして、グループごとにプランを作成するように指示を出すと、最初は周りの様子を見るように一歩引いていた学生たちが、時間の経過と共に自分のアイデアを話し、メンバーの意見に触発されて対案を出し、だんだんと「他のグループに負けないいい案を作ろう」と全体が熱気を帯びてくる。入学して最初にスイッチが入る瞬間だ。
専門知識がない学生にいきなり課題を出すのには、学生同士の親睦のためだけではない、深い理由があるという。
合宿の限られた時間内に、ヒアリングも視察もせずに思い付くことには限界がある。企業の案として採用されるには、アイデア一発勝負ではダメだと認識し、知識への渇望感を与えるのが狙い。合宿から戻った学生は、学ぶ意味を理解した上で、経営基礎科目の授業に入っていけるという。
企業とのコラボレーションは1年間継続し、前期は「バレンタイン商戦向けのブラックサンダー期間限定商品を企画する」、後期は「ブラックサンダーの総合的なマーケティング戦略を考える」という段階的・形成的な課題に取り組む。
入学直後の合宿で動機付けし、前期のゼミでは思考力を活用して課題に取り組ませる。ただこの時点では知識も経験も十分ではなく、学生が苦戦するのは折り込み済みだそうだ。後期になると、経営基礎科目の授業を通じて獲得した知識が蓄積されているので、それを活用・統合して課題に取り組む3段構え。一連のサイクルを体験した上で、2年次以降の本格的な専門教育入っていけるような設計で年間を通じたアクティブラーニングのプログラムを組んでいるそうだ。「自分に足りない能力に気づかせ、ステップアップする意欲を引き出す」ことが狙いだ。
知識という道具を使いこなす能力を磨く
さらに、こうしたサイクルを有効に機能させるため、2014年度から「ジェネリックスキル向上」をカリキュラムに本格的に取り入れている。「ジェネリックスキル」は、日本では馴染みがない考え方だが、わかりやすく言えば「知の活用力」だ。
具体的には、問題を解決するための「情報収集力」「情報分析力」「課題発見力」やグループで協調して課題に取り組むための「協働力」「親和力」など様々な「力」をゼミでの活動を通じて1年次に集中的にトレーニングする。
ジェネリックスキルのプログラムを中心的に進める杉田一真准教授は「従来の大学は専門知識という道具を与えて、使い方は自分で考えてくださいというスタンスでした。バットの振り方も、ボールの投げ方もわからないまま、とにかく試合経験を積めというのと同じ。でも、ほんの少し、バットの角度や振り方のコツを伝授すると、投球やバッティングの技術が急速にアップします。ジェネリックスキルを養成するのはこれと同じ。
准教授 杉田 一真 氏
1年生のうちに知識という道具の使い方のコツを習得すれば、専門教育の残り3年間を実り豊かなものにすることができる」とその意義を説く。
松尾尚教授は「産業能率大学の特色を知らずになんとなく入学してくる学生もいるが、私たちは、そんな学生を変えられるという自信を持ってやっている」という。入学した時にはリーダーシップをとったこともない、人前で自分の意見をはっきり言ったこともないような学生が、ジェネリックスキルのトレーニングや、アクティブラーニングを通じて少しずつ変わっていくそうだ。
産業能率大学の卒業生が手にするのは、合宿やアクティブラーニングでの楽しい思い出ではなく、「知識という道具を使いこなす自信」と「成長した手応え」という実感なのではないだろうか。
<取材後記>
「期待の100%では意外性がなくてダメ。学生の潜在能力を見抜いて個別指導をしたり、学生の期待を上回るアドバイスを提供して、先生はここまでコミットしてくれるのかと思わせることができた時、学生は変わる」。松尾尚教授の言葉が印象に残った。
産業能率大学では「学生のスイッチを入れる」「変わるチャンスを与える」教育を実践するため、ファカルティ・ディベロプメント(FD=大学教員の教育能力を高める実践的な方法)にも力を入れている。効果的なアクティブラーニングを実施するため、コーチングを専門とする教員が、他の教員に対して面談や授業を進める際のポイントなどをレクチャーすることも珍しくないという。
松尾教授は「自分のフィールドに引きこんで、自分の得意なところだけを講義するような教え方では学生は不満を持つだけ。もうそんなことはやめよう」と呼びかけている。「学生を変えるためには、教員も変わる」。そんなしなやかさも、産業能率大学の魅力なのかもしれない。