「研究成果でも注目される国内トップクラスの大学にしたい」
東京工科大学の軽部征夫学長は野心家だ。
軽部 征夫 氏
1986年に工学部1学部の単科大学として開学した若い大学を、伝統校にひけを取らない研究成果を生み出す一流大学に育てようと本気で考えている。
そのため、「認知度を上げる」「偏差値を上げる」アイデアを次々と繰り出し、手間暇かかる改革を地道に重ね続けている。新学部創設、蒲田キャンパスの開設、入試改革、入学後の学生フォロー体制の構築や授業の質の改革と…東京工科大の歴史は改革の歴史と言っても過言ではない。改革は少しずつ実を結び、東京工科大学は着実にレベルアップを遂げている。
2015年度には、12年前に改組した工学部を復活させ、八王子・蒲田の2つのキャンパスに6学部と大学院・研究所を擁する総合大学として新たなステージに踏み出す。工学部には第一線の研究者を教員として招聘し、東京工科大発の研究発表にも力を入れることで、さらなるレベルアップ、存在感アップを図るという。学長自らがプロデュースする“東京工科大躍進劇場”からは、当分、目が離せない。
超一流の転身先を蹴ってのチャレンジ
軽部学長は東京大学先端科学技術研究所を定年の1年前に辞し、産・官・学から寄せられた数々の超一流転身先を断り、2003年東京工科大に新設されたバイオニクス学部長(後に応用生物学部に改称)に就任した。
バイオテクノロジー研究の第一人者として引く手あまただったにも関わらず、「一大学の学部長」に納まったことを訝る関係者も多かったが、実は、東京工科大学からは「将来は学長に」とのオファーがあり、「研究者としてのキャリアは十分に尽くした。大学全体のマネジメントという新たなチャレンジにこれからの人生を賭ける方が面白い」と考えたそうだ。
ただ、人生を賭けるからには中途半端はない。2008年に学長に就任すると、全教員に対して「教育を最優先に考えて、全力を尽くし、時間の余裕があれば研究に充てて下さい。但し、研究成果もしっかりあげて頂かなければ困ります」と一見、矛盾ともとれる要求を突きつけた。
教育最優先、落ちこぼれを生まないフォロー体制を整備
「私立大学の評価は教育の質で決まる」というのが軽部学長の考えだ。入試改革や2010年の蒲田キャンパスの開設による志願者数の増加などで全体の底上げは順調に進んでいるが、「入り口の改革と同時に、入学してきた学生を落ちこぼれにさせないように完全にフォローする政策を両面から進めていかなければ、本当の意味でのレベルアップにつながらない」と、手厚い支援体制を敷いた。
具体的には、基礎学力の強化を目的に、教養学環と呼ばれる教養教育専門の組織を創設するにはじまり、教員や大学院生に常駐してもらいマンツーマン体制で不得意科目の克服や、基礎固めのために学生が自由に利用できる学修支援センターを設置。学生が担当教員から履修計画や勉強の仕方、将来のキャリア形成など大学生活全般について助言を受けたり、気軽に相談をできる「アドバイザー制度」も導入した。
教員はそれぞれ特定の学生を受け持ち、授業を休みがちではないか、将来の目標に向かって勉強や就職活動を進めているかフォローする体制を整えている。
学長自らが全教員を採用面接、授業もチェック
「授業の質」にも徹底的にこだわる。各学部の教員採用や在籍教員の授業チェックも、学部長任せにすることなく、全て学長がチェックする。
「研究実績があることは大前提。しかし、研究が最優先と考えるだけではなく、学生の興味を引き出し、探究心を伸ばすような授業ができなければ、我が校の価値のアップにつながらない」。授業を点検し、要求するレベルに達していなければ教員の指導も行う姿勢だ。「大学のレベルアップ、魅力アップができなければ責任をとるのは私。だから、採用をして、私として責任が取れるという人しか選ばない」そうだ。
「研究でもすごい」と言われる大学に
これまで、ひたすら「研究よりも教育」を最優先してきた東京工科大学にとって、2015年度の工学部設置は大きな節目となりそうだ。
軽部学長は「サステイナブル工学」というコンセプトを打ち出し、「大量生産で安価に製品を生産するための20世紀型の工学は役割を終えた。このままでは環境も、資源ももたない、エネルギーが足りないという今の時代に、生活の質を犠牲にすることなく、経済的にも発展していくための工学研究の拠点とし、これからの社会で求められる人材を養成する」と、時代のニーズに合わせた方向付けをし、発足前の段階から工学部に明確な付加価値を与えた。
さらに、工学研究で名を馳せる国公立大学などから第一線の研究者を教授として招聘した。
東京工科大は、最先端の研究を推進する機関として片柳研究所を2000年に設立、多くの産学連携プロジェクトにも取り組んでいるが、「これまでは教育最優先だったため、本当の意味で研究所を有効に活用しきれていなかった」。
軽部学長は「教育最優先の方針を変えるつもりはないが、これまでにも増して第一線の研究者を集められるようになったからには、今後は、東京工科大学は研究でもすごい、と言われる大学にしなければならない」と語る。「東京工科大の名前で論文がバンバン世に出ていき、識者のコメントとして東京工科大の教員の言葉がメディアに次々と引用されるようにしたい。面白い研究、最先端の研究が世の中から注目されれば、自然と優秀な学生が集まるようになり、全体のレベルアップにつながる」からだ。教育の大学から、研究の大学へ―東京工科大躍進劇場はまだまだ続く。
<取材後記>
2015年度入学生に向けた最新の大学案内の表紙を開くと「Endless Evolution/進化する東京工科大学」というキャッチコピーが目に飛び込んでくる。日本のバイオテクノロジー研究の第一人者である軽部学長自らの「進化は、生物が生き残るための、最大のツール。大学も進化なくしては勝ち残れない」という思いが込められたコンセプトだ。
2013年の夏、軽部学長は妻と愛犬を連れて1週間山小屋にこもって、大学案内のリニューアルの構想を練ったという。まずは、ライバルとしてベンチマークする大学の案内書を徹底的に分析・研究。その上で、東京工科大学の魅力を伝え、優秀な学生を集めるために必要なコンテンツを自ら考えたそうだ。
東京工科大学の「進化」への熱意は、恐らく、誰一人軽部学長にかなうものはいない。「Endless」と自ら言い出した以上、妥協するつもりはないのだろう。工学部設置により「教育中心の大学から、研究成果でも輝く大学へ」と進化を遂げた後にはいったいどんな野心的な目標を掲げられるのか、今から楽しみだ。