彼はいかにしてリーダーシップを発揮したのか?

 「カリスマ性があった」と言ってしまえば、それまでだが、なぜリンカーンは150年経った現在でも「偉大」とされる所以となる、リーダーシップを発揮できたのだろうか?
その答えのひとつには、人々の心を掴む術に長けていたことが挙げられる。
それは「人民の人民による人民のための……」という一節が含まれた、有名なゲティスバーグの演説をはじめ、現在に残る数々の名演説からもその一端がうかがい知れるところだ。また、ユーモアやジョークを用いた巧妙な話術も良く知られ、例えば戦況が悪い際にも、笑いを取って、スタッフや周りの人々を安心させたという逸話も残っている。
そして、リンカーン自身も長所だと語った「一度決めたら決心が揺るがない」という性格によるところも大きいだろう。
社会や物事を大きく左右する決断を迫られた時、未来を見据えた判断ができるかどうかでリーダーとしての資質が決定付けられるが、そのためにはまず、自分の判断を信じて行動することが必要である。

 南北戦争が終結する2か月ほど前、「アメリカ合衆国憲法修正第13条」が下院で可決された。これは「奴隷解放宣言」だけでは内戦終戦後に奴隷制が復活する可能性があると考えたリンカーンが成立を目指したもので、「公式に奴隷制を廃止し、奴隷制の禁止を継続すること」を定める法律である。しかし、当初は可決に必要な票数が足りず、成立の見通しは明るくなかった。それでも、己の判断を信じて行動する彼のことである。対立する民主党議員を寝返らせるなど、一見アンフェアとも取られかねない、なりふり構わぬ多数派工作によって状況を打開したという。
これは、いかなる批判を受けようとも、高い志を持って、大儀を貫く覚悟があるからこその行動である。さらには、敵対する相手までも取り込む懐の深さも必要だろう。
その懐の深さは、南北戦争の戦後処理において、南部に対する寛大な政策を取ったことにも表れている。彼が再選時の就任演説で語った「何人に対しても悪意を抱かず、すべての人に慈愛を持って」という言葉はそのような信念を示すものだ。
安倍首相には、「アンフェアな行動も辞さずに」とは言わないが、「自身の判断を信じ、覚悟を持って最後まで行動し、深い懐を持つことで党や派閥間の争いに終始せず、きちんと政治を行う」という点で、史上最も愛される米国大統領に学ぶところがあるかも知れない。