組織や部下が成長し続けるために、リーダーが果たすべき役割とは?本連載では、9年ぶりに日本代表ヘッドコーチとして再登板が決まったラグビーの名将、エディー・ジョーンズ氏の著書『LEADERSHIP リーダーシップ』(エディー・ジョーンズ著/東洋館出版社)から、内容の一部を抜粋・再編集。イングランド、オーストラリア代表ほか数々のチームを率い、ゴールドマン・サックス日本のアドバイザリーボードも務める同氏の、ビジネスにも通じるチームづくりやコーチングの極意に迫る。
第3回目は、2019年のラグビーワールドカップ日本の開催前に、ジョーンズ氏とのコミュニケーションを通じ、五郎丸歩選手がどのように変化したかを紹介する。
<連載ラインアップ>
■第1回 ラグビー豪州代表元HC、エディー・ジョーンズ氏が語る「リーダーシップ」の極意
■第2回 チームに一匹狼は必要か?ラグビー英国代表が重視した「3つの価値観」とは?
■第3回 名将エディー・ジョーンズは、五郎丸歩の心をどう開き、関係性を築いたか?(本稿)
■第4回 不安やストレスから選手と自分を守るために、なぜルーティンが必要か?
■第5回 サッカーのイングランド代表チームから、ラグビーの名将が学んだこととは?
■第6回 ハイパフォーマンスの鍵を握る「リーダーシップ・サイクル」「3つのM」とは?
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第8章 アクセス・ポイントを見つける
――感情的なつながりは個人の目標達成を助ける
■五郎丸歩のアクセス・ポイント
2015年6月、私は、ワールドカップ日本代表チームへのプレッシャーを強めていた。30日のうち28日間、厳しいトレーニングを課した。台風シーズンのまっただ中で、暑く、絶え間なく雨が降っていた。我々は泥の中で練習した。
その月は毎週土曜日に公開練習をし、数百人もの地元のファンが紅白戦を見にやって来た。厳しい環境下での試合にするため、12人対12人でプレーした。さらに、ピッチの幅を60メートルから80メートルに広げた。これは選手たちの決意を試すテストだった。
どれだけワールドカップに出たいか? どれだけ不快さや苦痛に耐えられるか? 泥の拷問部屋に深く入り込んで、自分の個性を示す覚悟はあるか?
その月の第3土曜日、猛練習を終えた選手たちは疲れ切っていた。もう限界に達していた。しかし、私は巨大な泥の中で、12対12の過酷な紅白戦をもう一度やれと言った。これは選手たちがこれまで直面した中で、最もタフなコンディションだった。
フルバックの五郎丸歩(あゆむ)は対処できなかった。他の選手たちも脱落寸前だったが、何とか踏みとどまっていた。だが五郎丸はダメだった。周りについていけず、プレーする気力を失っていた。降参したと言わんばかりに頭を垂れ、とぼとぼと歩きながらフィールドの外に出た。
孤独な五郎丸に、私は何も言わなかった。彼を無視してゲームを続けさせた。紅白戦が終わると、通訳に五郎丸とあとで話をすると告げた。そう予告された五郎丸は、自分のしたことがその場でカミナリを落とされて終わりになるような問題ではなかったと気づいたはずだ。
選手たちは悪いパフォーマンスをしたり、いつもより覇気のないプレーをしたときには、そのことを自分でよくわかっているものだ。五郎丸は、控え室で私が近づいてくるのを待っていた。だが、私は何も言わなかった。いつもの土曜の夜のように、過酷な1週間の最後に行うハードな紅白戦のあと、チームみんなでビールを飲みに出かけた。リラックスして楽しむことも大切だ。私は選手たちとは交流したが、五郎丸のことは避けた。
日曜日、五郎丸は通訳に電話をかけ「いつエディーさんとミーティングをするのか?」と尋ねた。通訳は、わからないと答えた。私は通訳と連絡を取っていなかった。数時間後、五郎丸は再び通訳に電話して、ミーティングはいつか尋ねた、通訳の答えは同じだった。五郎丸は、私の思うつぼの状態になっていた。私は、もう少し彼をじらすべきだと考えた。