atsportphoto/Shutterstock.com

 組織や部下が成長し続けるために、リーダーが果たすべき役割とは?本連載では、9年ぶりに日本代表ヘッドコーチとして再登板が決まったラグビーの名将、エディー・ジョーンズ氏の著書『LEADERSHIP リーダーシップ』(エディー・ジョーンズ著/東洋館出版社)から、内容の一部を抜粋・再編集。イングランド、オーストラリア代表ほか数々のチームを率い、ゴールドマン・サックス日本のアドバイザリーボードも務める同氏の、ビジネスにも通じるチームづくりやコーチングの極意に迫る。

 第2回目は、ジョーンズ氏がイングランド代表ヘッドコーチに就任した際にチームに組み込まれた「3つの価値観」について解説する。

<連載ラインアップ>
第1回 ラグビー豪州代表元HC、エディー・ジョーンズ氏が語る「リーダーシップ」の極意
■第2回 チームに一匹狼は必要か?ラグビー英国代表が重視した「3つの価値観」とは?(本稿)
第3回 名将エディー・ジョーンズは、五郎丸歩の心をどう開き、関係性を築いたか?

第4回 不安やストレスから選手と自分を守るために、なぜルーティンが必要か?
第5回 サッカーのイングランド代表チームから、ラグビーの名将が学んだこととは?
第6回 ハイパフォーマンスの鍵を握る「リーダーシップ・サイクル」「3つのM」とは?
※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。

<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

■チームに必要な3つの価値観

 選手を個人的に指導するとき、コミュニケーションには柔軟性が必要だ。だから、「能力、価値観、信念のギャップを理解する」ことが不可欠になる。

 前述のように、クリエイティブな選手ほど神経質な傾向がある。それが悪いと言っているのではない。このタイプの選手の気質は複雑で、浮き沈みが激しいということだ。前線のフォワードの選手は違う。ハードに働き、ひたすらにタフな仕事をこなす。気質も安定している。彼らは毎日炭坑に通っているようなものだ。掘って、掘って、掘って、一息入れる。そしてまた、あの暗くて辛い炭坑に戻っていく。

 バックスの選手は、そうやってフォワードが掘り起こした鉱石や金をつかみ取り、それをきらびやかなものにつくり変える。だから、クリエイティブでなければならない。

 コーチは、相手に合わせてコミュニケーションの方法を変えなければならない。これはどの組織でも同じことだ。物流部門とマーケティング部門は違うし、営業部門とクリエイティブ部門も違う。チーム内の様々な小チームに対して、それぞれに合った伝え方をしながら、いかに同じ絵を描かせ、同じゴールを目指させるかが重要なのだ。

 私はよく、「チームや組織には、天才肌で一匹狼型の人間は重要ですか?」と聞かれる。私の答えはいつも同じだ。「彼らがどれだけ優秀かによる。本当に優秀な人材なら、常に欲しい。だが、優れたパフォーマンスを1、2回しただけでは十分ではない」

 メディアはこの点でいつも間違っている。私はテレビでよく、1、2試合で良いパフォーマンスを見せただけの選手について、評論家たちが「なぜイングランド代表のメンバーに選ばれないんだ」と語っているのを目にする。だが現実的には、50試合くらいで良いパフォーマンスを発揮しなければ、その選手を本当に評価することはできない。ビジネスでも同じだ。安定して良い仕事ができてこそ、その従業員を初めて評価できる。

 ランドウィック時代のチームメイトだったデービッド・キャンピージは、周りから天才肌の選手だと見なされることが多かった。彼は素晴らしい個人技を持っていたが、チームプレーヤーでもあった。その鮮やかなプレーが試合を決めることも少なくなかった。10試合中1回程度はプレーが冴えないときがあり、それは平均的な選手よりムラがあるとも言えたが、残りの9試合では素晴らしいプレーをした。

 だからこそ、ランドウィックやニューサウスウェールズ、オーストラリア代表の主力選手として活躍できたのだ。とにかくプロ意識が高い選手だった。当時は皆昼間の仕事を持っていたが、それでもいつも45分も早くグラウンドに姿を現していた。最高の選手になりたいという思いが強く、鋭い軌道を描く持ち前のキックを熱心に練習していた。

 一流の選手が一流であるゆえんは、すぐにわかるものだ。それは、彼らが生まれ持った天才だからではない。彼らは皆、誰よりも懸命に技術向上に取り組んでいるのだ。

 ボーデン・バレットもその好例だ。他の選手が到着する前に、真っ先にグラウンドに出てパスとキックの練習をしている。オーウェン・ファレルも、全体練習の前後にいつもキックを練習している。

 NBAのシカゴ・ブルズを題材にしたネットフリックスのドキュメンタリー番組『ラストダンス』で、最も熱心に練習していたのは誰か? 偉大なるマイケル・ジョーダンだ。彼は最高の選手だったが、それでも他の誰よりも懸命に練習に取り組んでいた。

 誰よりも懸命に、賢く努力をすれば、自らの可能性を最大限に発揮できる確率を高められる。自分のベストが何かは誰にもわからない。だから、自分が思っている以上のものがあると考えるべきだ。

 能力を十分に活かせずにいる選手を見るのは残念だ。ダニー・シプリアーニがその典型だ。22歳の頃の彼は、信じられないような選手だった。才能にあふれ、スピードがあり、独創的で、とてつもなくクリエイティブだった。しかし、ラグビーに打ち込むことができなかった。その後、彼を指導したときには、もう手遅れだった。2018年、すでに30歳になっていた彼の行動パターンはもう固まっていて、それを根本から変えることはできなかった。

 あるチームでは、私は選手たちに重要な価値観を教え込んだ。また、選手たちが自然に成長するのを見守る場合もある。イングランド代表では、コーチに就任した直後は、価値観や信念体系について選手たちに話さなかった。まずはラグビーに集中したかったからだ。

 2015年のワールドカップで惨敗した直後だったチームに、私は「自分たちのラグビーをしよう」と伝えた。そこから、ある種の行動が生まれ始めた。そしてヘッドコーチに就任してから4年目の2019年、3つの価値観がチームの倫理観に組み込まれた。

  1. 全力で取り組む――勇気を持って何事にも挑戦していく
  2. 連帯感――自然と湧き上がるような団結力、一体感をつくり出す
  3. 明晰な思考――明晰さの重要性を常に念頭に置く

 この3つの価値観は、選手たちが考え出したものだ。価値観が明確になれば、それと一致する行動を評価し、一致しない行動には改善を求めるのは容易になる。ただし、最も重要なのは価値観そのものではない。

 たとえば、世界中には様々な宗教を見るが、基本的な価値観はどれも似通っている。重要なのは、リーダーシップだ。つまり、その価値観をチームとしてどのように実践していくかが成功の鍵を握っているのだ。

 最後に、この「マネジメント」フェーズでは、以下を確実に行っていく必要がある。