“Human Centric”が意味するもの
未来社会はICT企業がリードしてきた
ICT関連の企業は、他のどの業界の企業よりも積極的に「未来社会」を描き、将来実現するであろう豊かな暮らしを描いてきた。最近でもクラウドコンピューティング、ビッグデータ、ソーシャルネットワークなど、私たちの生活を実際に変えた、あるいは今まさに変えつつあるテクノロジーは多い。
最新のICTが今どんな「未来社会」を描いているのか探るべく、10月1日から5日にかけて幕張メッセ(千葉市)で開催された CEATEC JAPAN 2013 を訪ねた。2000年から始まった CEATEC JAPAN は、アジア最大級の国際的なICT関連展示会として高い認知度を誇るイベントだ。今年の来場者数は14万人を超え、国内外のマスコミで数多く紹介されていた。
今年の開催のテーマは、「Smart Innovation — 明日の暮らしと社会を創る技術力」。4つのゾーンで構成された会場内では、4K/8K高精細映像技術やウェアラブルデバイスの展示や、超小型電気自動車や自動運転技術のデモンストレーションなどが注目を集めている。
出展しているICT関連企業の多くは、「スマート」や「インテリジェント」といった言葉を用いて、来るべき未来社会を表現していた。そのため、多くの企業の未来社会のビジョンは、やや似たりよったりのように感じられる。
ただ1社、「Intelligent Society」というしばしば使われる言葉の前に、「Human Centric」という言葉を冠し、「A Human Centric Intelligent Society(ヒューマン・セントリック・インテリジェント・ソサイエティ:人間を中心に据えた賢い社会)」というビジョンを掲げている企業があった。「ライフ&ソサエティステージ」に出展している富士通のブースだ。
社会は人間によって営まれている以上、そもそも“人間が中心”であるようにも考えられる。富士通の掲げる「Human Centric」とは、どのような意味での「人間中心」なのだろうか? そうした疑問を解決すべく、じっくりと富士通ブースを回ってみることにした。
絵を描くライブパフォーマンスで
リアルタイムにブースが仕上がっていく
ブースの正面左側に設営された特設ステージの端ではアーティストの卵(美術大学の学生なのだそうだ)がライブパフォーマンスで赤い箱に白いペンキで絵を描き続けている。そのアーティストの周囲には描き終えたらしい箱が置かれているが、ICTの進歩によって実現する明るく、豊かな未来社会を表現したビジュアルが多い。
ICT関連の展示会で、期間中にリアルタイムで進行していくアートというのは初めて見た。デジタルな演出が多い展示会場にあって、人の手によるアートは斬新だ。ぬくもりを感じる絵柄に、親近感が湧く。
人に寄り添い、人を見守る技術
しばらくすると、ステージ上にプレゼンターが登場。『人に寄り添い』『人の活動を支える』などのキーワードを最初に提示し、富士通の提唱する未来社会を解説する。「A Human Centric Intelligent Society」をここでも耳にする。記者は「Human Centric」を「人間中心」と直訳して理解しようとしたが、『人に寄り添う』といった理解の方が適切な解釈だと感じた。
プレゼンターが前口上を述べると、ステージにダンサーが現れ、「車をもっと安全に運転したい」「離れて暮らす両親や祖父母への心配」「留守番の愛犬の様子が気になる」などのテーマを踊りと映像で紹介していく。富士通といえばスーパーコンピューターの「京」など世界屈指のコンピューター技術の企業だ。その富士通が今回前面に押し出しているのは、他のどのテクノロジー企業よりも身近なテーマだった。「暮らし」に密着したこれらの内容は、いずれも未解決な「日常生活での課題」ばかり。なるほど、富士通は「日常」や「暮らし」における課題解決を強く意識しているのだと実感が湧いてきた。
他社のブースの展示が「(技術によって)できること」をプッシュしているなか、富士通は「できること」だけでなく、「(それらの技術が実用化されることで)私たちの暮らしは『どのようにより良く』なるのか」にフォーカスしているのだ。
※このプレゼンテーションはこちらのページで視聴できる。会場に来られなかった方はぜひご参照いただきたい。
「インターフェースとなる先進技術」
プレゼンテーションのステージの前からブースの中へと進んでいく。まずは「インターフェースとなる先進技術」のコーナーだ。インターフェースとはコンピューターと人との「接点」を指すが、センサーなど直接的には人が介在しない接点も含まれる。つまりICTと現実をつなぐ役割だ。富士通ブースではこのインターフェースとなる先進技術を実機デモで紹介していた。その中でも特にピックアップして紹介したいのは、「FingerLink」と「眠気検知」の2つの技術だ。
アナログとデジタルの垣根を指一本で取り除く。
~「FingerLink」~
「インターフェースとなる先進技術」コーナーの正面に人だかりのできている場所がある。覗いてみると、説明担当者が「指が入力デバイスになります」と話している。
「FingerLink」は、台上に設置されたデスクライトのような機器が、カメラ、プロジェクターを搭載しており、利用者の「指先」の動きを読み取って各種の動作や処理を行うというものだ。2台のカメラが空間上での指の「位置」や「高さ」を認識する。説明員が指を上下させると、指の位置を示す光の輪の大きさが変わる。デスクに置かれた紙資料を指でなぞると、なぞった範囲が光の線で囲まれていく。あたかもPCの画面上を「マウスをドラッグして範囲指定」したのと同じような動作が紙の上で行われている。指を止めると範囲指定が完了したと認識される。指定された範囲の内容が、ハサミで切り抜かれたかのように紙の外へ飛び出し、テーブル上の余っているスペースにプロジェクターで投影されている。スマートフォンの画面をタップするようにして映像に触れれば動かすことや「×」マークで消すことも容易だ。
続いて説明員が取り出したのはメモが書かれた付箋紙だ。テーブルにそれらの付箋紙を並べると、たちまちスキャンされ、プロジェクターで投影された。紙の付箋紙を取り除いても、そこには映された付箋紙があり、指で投影された付箋紙を自由に動かすこともできる。「ブレーンストーミングなどの場面で役立つでしょう」と説明員は言う。なるほど、「アナログで書いてデジタルで並べ替えなどの処理をする」ことができる。見ているだけで楽しい。アイデアも湧いてきそうだ。
次に出てきたのは観光のリーフレットだ。リーフレットをスキャンすると、観光地の写真が切り抜かれて投影される。リーフレットを取り除き、今度は地図を置くと、写真の「場所」が引き出し線で地図上の地点と結びついて地図上に示される。紙を動かせば線も動く。スクラップブックやノートを作るような要領で、情報をこのように整理・編集できたらクリエイティブな気持ちで仕事をできそうだ。
実用化は2014年度中を目標にしているとのこと。具体的な実用ケースとしてはパンフレットなどの資料を使いながら対面業務を行う旅行代理店や金融機関などが想定されている。ほかにもショールームでのデモやブレーンストーミングや会議などでの利用が考えられているという。
指先のジェスチャー(仕草)によってコンピューターを操作し、ガイドは光で行われるといった技術はSF映画などで目にし、憧れたものだ。FingerLinkは機器のヘッド部のカメラが三次元空間の中で指先の位置を認識し、リアルタイムに処理する。指一本で「リアル(アナログ)」と「バーチャル(デジタル)」の壁を取り払ってくれる富士通のFingerLinkがどう私たちの日常生活に入り込んでくるか、今から楽しみだ。
ドライバーを見守り、ドライブの安全性を高める
~「眠気検知」~
クルマを運転して長距離を移動したことがある人ならば、いかに「眠気」が危険であるかを知っているだろう。居眠り運転は事故の主要原因のひとつと言われ、かくいう記者も機材を積んで長距離ドライブ中に「ヒヤリ」としたケースを経験している。
眠気が生理現象である以上、眠気そのものを防ぐ(眠くならないようにする)ことには限界がある。そして、運転手自身は眠気に気づきにくい。ではいかにして居眠り運転を予防し、ドライブの安全性を高めるのか。富士通が提案する解決策こそ、この「眠気検知」技術の活用だ。
人間の脈拍(心拍の間隔)は一定ではない。覚醒時や眠気を感じている時でその周期の長さは異なる。その脈拍をリアルタイムに検知して、人が眠い状態であるかどうかをチェックするのが運転者の耳に取り付ける睡眠センサーだ。これによって睡眠状態を「見える化」しドライバー自身に改善を促すことが目的だという。
眠気の原因は前日の寝不足や、日ごろの睡眠がうまく取れていないことが原因。この「見える化」とドライバー自身の改善によって眠気自体を減らすことができるだろう。もしくは睡眠が出やすいときには無理な運転を避けたり、休憩を早めに取ったりすることを促すのである。こうして運転中の居眠りを予防しようというのが、富士通の考え方なのである。
この技術はクルマが自動的にスピードを緩めたりするといった応用もできるだろう。事故の防止に直接的に貢献できる、社会的価値の高い技術だ。
耳に取り付けるクリップ状のセンサーが心拍をチェックする。担当者によると、腕時計型などさまざまな形状をテストしたが装着の手軽さや検出精度、コストなど多様な要素から耳クリップ型がベストだったという。「生体センサーの精度は極めて高い」と担当者は自信を見せる。富士通の技術がトラックや長距離バスなどの運転手の生命を守る日も近いだろう。