和食で人気の筍、意外と新しかった日本への伝来

美味しいタケノコと悩ましきタケ(前篇)

2018.04.13(Fri) 漆原 次郎
筆者プロフィール&コラム概要

 放置竹林の要因の1つとなったのが、昭和時代に入ってからの、輸入タケノコ増加による国産タケノコ栽培の衰退だ。昭和50年代頃まで、台湾産の麻竹(マチク)も輸入されていたが、これは中華料理向けで、国産との「すみ分け」はされていた。

 だが、その後は中国産の水煮缶詰の輸入量が一気に増え、日本のタケノコも価格を下げざるを得なくなり、国内農家にとって栽培の魅力が減ってしまった。さらに、平成になるとタケノコ主産地の九州や四国で台風や異常乾燥などの被害が続き、これらもタケノコ生産の縮小に追い打ちをかけた。

日本人とタケ・タケノコの関係は安定しないまま

 タケは都市部では縮小の一途をたどる一方、山林では放置により拡大の一途をたどっている。そして、全体としては、タケ自体は根を広げて拡大しつづけている一方、タケノコの生産量は1990年代後半以降、低迷しつづけてきた。

 こうもタケとタケノコをめぐる状況はいびつだ。

 長い目で捉えると、日本人とタケやタケノコの関係は、なかなか安定しないまま、江戸時代から現代まで来てしまっているといえるのかもしれない。江戸時代以来の外来種モウソウチクを日本人は十分に管理できないまま、それでも採れたタケノコは美味しく食べ、需要がなくなれば荒れ放題に任せる。そんな状況が見えてくる。

 放置竹林による山林荒廃の問題に対して、打つ手はないだろうか。後篇では、その可能性を探っていくことにしたい。キーワードは「乾タケノコ」「国産メンマ」「有効利用と一石二鳥」だ。

後篇へ続く)

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1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。著書に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)、『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』(洋泉社)、『模倣品対策の新時代』(発明協会)など。


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