和食で人気の筍、意外と新しかった日本への伝来

美味しいタケノコと悩ましきタケ(前篇)

2018.04.13(Fri) 漆原 次郎
筆者プロフィール&コラム概要

 モウソウチクのタケノコは、他のタケの種に比べて美味ともされる。加えて、モウソウチクは芽生えの季節が早いため、初物好きな江戸町民に進んで受け入れられたようだ。

 それから100余年、江戸時代の終わりから明治時代の頃には、荏原や目黒の他、大崎、馬込の一帯は、竹林が見えない場所はないほどにまでモウソウチクが広まっていったという。

 江戸時代には、全国各地でも同様にモウソウチクが人の手により持ち込まれ、植えられ、そして広まっていったのである。

都市では都市化で消滅、山林では放置で拡大

 明治後半以降になると、都市部では人口が増えはじめ、タケノコをもたらした竹林は徐々に影響を受けるようになる。東京では、汽車や工場の煤煙などでタケの葉が変色していった。また1923(大正12)年の関東大震災後は宅地化が進み、モウソウチクの竹林はあっという間に姿を消してしまった。前出の阿部は、<思へば全く一場の春夢のような事実である>と感慨を綴る。

 都市の竹林は一気に縮小してしまった。これには、竹林の“手放しやすさ”も関わっていたのだろう。

 小説家の長塚節は1920(大正9)年に上梓した『竹の栽培と販売法』(高田功編、広文堂書店刊)で、竹林とは<甚だ薄利なる>ものであり、それでいて<栽培の甚だ容易なる>ものでもあると述べている。当時、既にタケの供給量が減少に転じていたのは、<農家の注意をひくことを得ず、遂に粗放的栽培に陥りし結果>とも指摘している。放置していてもモウソウチクは育ち、収穫もある。かといって、手放すのを拒むほどの利益が上がるでもない。都市化する中で、竹林を守る必然性を見いだせなかったのだろう。

 逆に、生えたままのモウソウチクを人間が放置すると、繁殖力の高さから竹林は周囲の植物を侵食し、拡大していく。山林での「放置竹林」問題が生じることになる。

放置により荒れるモウソウチクの林。地下茎が次々と生えていき、その場所を専有するようになる。
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1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。著書に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)、『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』(洋泉社)、『模倣品対策の新時代』(発明協会)など。


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