姿はさまざまでも定番の卵焼き、失敗しないコツは?

「栄養と料理カード」でたどる昭和レシピ(5)卵焼き

2018.03.30(Fri) 三保谷 智子
筆者プロフィール&コラム概要
卵焼き。鶏卵をかき混ぜて味をつけたものを焼く。写真は『栄養と料理』1978(昭和53)年3月号表紙掲載のもの。

 1935(昭和10)年創刊の月刊誌『栄養と料理』(女子栄養大学出版部刊)の2号目から付録についたのが1枚の小さなカード「栄養と料理カード」。健康に留意したおいしい料理が誰でも作れるように、材料の分量や料理の手順、火加減、加熱時間、コツなど納得のいくまで試作を重ね、1枚のカードの表裏に表現。約10×13cmの使いやすい大きさ、集めて整理しやすい形にして発表した。
 この「栄養と料理カード」で紹介された料理を題材に、『栄養と料理』に約30年にわたり携わってきた元編集長が、時代の変遷をたどっていく。

「巨人・大鵬・卵焼き」は、戦後の高度経済成長期、昭和40年前後に子どもも含めた大衆に人気のあるものの代名詞として語られた流行語。養鶏技術の飛躍的な進歩によって安定供給がなされ、卵は物価の優等生になった。そして卵焼きはお弁当のおかずの定番に。

 当時は東京でも庭で鶏を飼っている家があり、生みたて卵を食べるのは珍しいことではなかった。私自身、池袋の隣町の板橋町で過ごしていたが、親にねだって縁日で買ってもらったひよこが成長して卵を産むようになり、それを卵かけごはんにして食べた。えさは、庭のハコベなどの雑草類と、八百屋さんからもらった葉っぱで、細かく刻んで与えた。東京はのどかだった。そのころ、卵は、乾物屋さんでもみ殻に入って売っていた。

 一口に卵焼きといっても、関東の甘味をきかせた厚焼き卵と、関西のだしの風味をきかせた甘味を加えないだし巻き卵では、加えるだしと調味料の分量が異なる。ふり返ると、東京で発行している『栄養と料理』では、厚焼き卵の登場回数が多く、基本調理でも厚焼き卵を取り上げている。

 東京生まれの私が作るのは、もちろん厚焼き卵。だしの代わりに牛乳を加え、味つけは砂糖としょうゆ。洋風卵料理には牛乳を使うが、和風にも合うと思ったからだ。これは20歳代のときから。実際にふっくらと仕上がる。中に青のり、シラス、青菜のみじん切りをそれぞれ入れれば“変わり厚焼き卵”の完成。お弁当のおかずにも彩りを添え、変化が出る。

「卵焼き」は総称で、雑誌では複数の卵料理を紹介している。

「栄養と料理カード」にまず登場するのは戦中の1944(昭和19)年。戦時下の食糧配給制で、卵も砂糖も入手しにくかったはず・・・。

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三保谷智子(みほやともこ)

栄養と料理』元編集長。2011年4月から香川昇三・綾記念展示室勤務。学芸員。

東京都出身。1977年立教大学文学部史学科卒業後、香川栄養専門学校栄養士科(現 香川調理製菓専門学校)へ進学、「栄養士」の資格を取得。その後、1979年女子栄養大学出版部雑誌編集課に入職、約30年『栄養と料理』の編集に携わる。1988年より2011年まで、10年間編集長を務める。途中、同部マーケティング課、書籍編集課に在席。

独立行政法人国立健康・栄養研究所外部評価委員。「食生活ジャーナリストの会」会員、NPO法人「野菜と文化のフォーラム」会員、NPO法人「くらしとバイオプラザ21」理事。現在、『栄養と料理』で連載「レシピの変遷シリーズ」を執筆中。


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