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 15年後に生き残れるのは、どのような自動車メーカーなのか? 脱炭素化、AI普及など、世界が「ニューノーマル」(新常態)に突入し、ガソリンエンジン車主体の安定した収益構造を維持できなくなった企業が考えるべき新たな戦略とは? シティグループ証券などで自動車産業のアナリストを長年務めてきた松島憲之氏が、産業構造の大転換、そして日本と世界の自動車メーカーの、生き残りをかけた最新のビジネスモデルや技術戦略を解説する。

 第4回は、世界で広がるEVシフト見直しの背景、需要変調にかかわらずEV化が求められる商用車を量産するための新たな経営戦略について解説する。 

変調を来すEVシフト

 最近の新聞や経済週刊誌で目立つのが、「EVシフトの変調」についての記事である。昨年までは、「EVにあらざるもの自動車にあらず」のような論調が圧倒的に多かったのだが、風向きが完全に変わった。

 その最大の要因は、トランプ前米国大統領の再選による米国の環境政策の後退に対する警戒感の台頭であろう。民主党のバイデン政権が進めた環境政策を共和党の前トランプ政権時代のレベルに戻す可能性が出てきたためで、米国内でのEVシフトは明らかに変調している。欧州でも、EV一辺倒から合成燃料車を認める動きが出ており、自動車会社は従来の戦略を変更する動きが出始めている。

 自動車会社にとって、この変調はデメリットではなく、むしろメリットが大きいと言えるだろう。EVは使用するバッテリーやeアクスル(電動アクスル)などの先行投資負担が大きく、自動車会社にとってはコスト面の理由で赤字からなかなか脱出できない。また現状では赤字を少なくするため販売価格を高めに設定せざるを得ないが、政府の補助金である程度カバーして消費者に供給することができる。トランプ政権が誕生すると、この補助金の打ち止めなどEV優遇政策の見直しを行う可能性が高いのである。

 儲からないEVよりも、儲かる従来の車の生産に回帰したいというのが自動車会社の本音である。ただし、温室効果ガス(GHG)を減らす貢献のアピールも必要なのでほとんどの自動車会社が収益化しているHV(ハイブリッド車)が注目されているのである。

EVを一般消費者は本当に求めているのか

 先進国におけるEVの初期購入者は、比較的裕福で環境意識が高い人が多い。そうした人たちの多くは、時代の最先端のEVを所有して運転するということで心理的満足感を得て、優越感に浸るのである。そして自己の主張を周りに見せつけてインフルエンサーの役割も果たす。

 かつてはトヨタが作ったキャチコピー「いつかはクラウン」を思い出す。車が社会的ステータスを表すものであった時代に、クラウンを所有する家庭は裕福で社会的地位が高いという印象を街の人々に与えていたのである。今のEVは環境社会におけるステータスをアピールするという点では共通するものがあるだろう。

 クラウンは大衆車のカローラに比べて価格が数倍する。ただし、価格に見合った高級な仕上がりになっている。エンジン排気量が大きく、走行もパワフルで座席も広い。価格が高いのだが、消費者には十分な満足感を与えていたので庶民の憧れの車になっていた。

 一方、EVはどうだろうか。その走行性能には数々の制約が付く。バッテリーの能力の問題で走行距離がガソリン車やHVには大きく及ばない。バッテリーの充電についても、充電設備の数がまだ少なく、充電にも時間がかかる。とくに、猛暑で冷房を使用したり、真冬に暖房を使用したりすると、バッテリーの消費が進み走行距離が短くなる。要は、EVは我慢車なのである。

 初期に買う人たちは、未来技術の先駆的な使用者としての満足感が高い人が多く、このような不便な欠点があるのを理解しつつ購入してくれるのだが、世の中の大量消費者は実用的な面を重視する傾向が高く、今のEVは実用的な価値が低いと考えるため、購入には及び腰になる。これが、需要面で出ている現象である。

 車社会の米国では、レンタカー利用が日常茶飯事である。レンタカー会社もEVを品ぞろえしたのだが、借り手はEVを選ばずガソリン車にする。走行距離に不安があるからだ。

 レンタカー大手のハーツはテスラ製など2万台のEVを手放し、ガソリン車に切り替える。ハーツは保有台数ベースで米国最大のEVユーザーだが、今回の決定については、修理コストの高さとレンタカーとしての人気低迷を理由に挙げている。EVの修理コストが高いのは、EVに対する十分な専門知識の不足と交換パーツの入手困難が大きな要因になっている。

 米国と違って中国は、習近平国家主席の描く国家戦略でEVを軸に自動車大国になろうと必死で、補助金を多く出しながらEVの量産を進めている。共産主義の独裁政権ならではの政策であり、民主主義国家ではとても真似ができない。

 最近は中国国内だけではなく、EVの輸出を積極化する戦略を進めており、アジア諸国への輸出を強化、欧州への輸出も狙っている。しかしながら、米欧日のブルー経済圏連合が中国を中心とするレッド経済圏連合との経済対立を今後も深め、ブロック経済化が進行するはずである。

 その中で、米国が戦略物資と認定している高度技術のバッテリーを搭載する中国製EVをブルー経済圏に自由に輸出させるはずがない。2022年8月に可決されたインフレ抑制法により、米国内におけるバッテリーの調達や生産体制が強化されているからだ。この点でも、レッドEVの成長力は地域限定的と考えてよいだろう。

EV幻想の後に来るリアルな需要

 そもそもEVに乗る必然性が少ない個人向けに利便性に劣るEVを売ることに無理がある。しかも、EVのメンテナンスコストは高く、特に5年に一度程度交換の必要があるリチウムイオン電池の価格はまだ高いままで、消費者の保有コストを押し上げる。EVを買って5年後に後悔する人は相当数いるだろう。このEVを中古車市場で売却しようとしてもリセールバリュー(再販価値)が低いため、大損するのが現状だ。

 このようなEVの不都合な現実がようやく明らかになりつつあると考えれば、EVシフトに変調が起こっている最近の動きはよく理解できるだろう。

 しかしながら、EVは不要なのかという問いに対しては、必要と答える。誰が必要にしているのかといえば、輸送業者だ。荷主はGHG(温室効果ガス)の排出削減を求められており、輸送に使用するトラックにもそれを求める。スコープ1(自社が直接排出するGHG)と2(自社が間接排出するGHG)から、スコープ3(原材料仕入れや販売後に排出されるGHG)の開示が求められるようになれば、この流れはさらに加速するだろう。それ故、自動車会社が開発に注力すべきはラストワンマイルの荷物を運ぶ小型EVなのである。
 
 自動車会社は伝統的にエース社員を乗用車開発に回し、商用車開発についてエースを投入することはなかった。開発資金についても同様であった。このような、伝統的な経営哲学を変革せねばEVでは生き残れないだろう。エース社員は商用車EVの開発に回し、開発投資を先行させてここで量産効果を確立するのが、新たな経営戦略だ。
 
 乗用車はしばらくHVが延命するので、それをキャッシュカウ(金のなる木)にする。少なくともHVでは日本が先行しているので、従来のEVシフトのシナリオよりは生き延びる可能性が高まったと言えよう。ただし、この時間的余裕をどのように活用するのかが日本の自動車会社の生き残り戦略の分かれ目になる。

連載
松島憲之の自動車産業バックキャスト

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