世界の現実に目を瞑り、真剣な核論議を避ける日本
世界で唯一の戦争被爆国日本と核アレルギー

 わが国では、昭和20(1945)年8月に広島市と長崎市に投下された原子爆弾(原爆)によって、一瞬のうちに数多くの市民が犠牲になった。

 投下の年、広島と長崎ではそれぞれ14万人、9万人の被爆が確認され、その後の5年間に被爆者数は拡大して広島で20万人、長崎で14万人、現在までの総計は広島40万人、長崎20万人が被害を受け、街は瞬時にして焦土と化した。

 そして、原爆投下後70年余りが経過した今なお、被爆の後遺症に苦しみ、筆舌に尽くしがたい苦難の日々をもたらした。

 世界で唯一の戦争被爆国日本および日本国民は、このような惨禍が二度と繰り返されてはならないとの強い義憤のもと、「死に神」、「死の道具」(いずれもオバマ大統領の「広島スピーチ」)としての原爆の破壊力の実相や被爆の悲惨な体験を世代や国境を越えて、人類が共有する「記憶」として継承されるべきであると主張し、「核兵器のない世界」の実現を世界に訴える使命と責任を有しているのは当然のことである。

 その被爆体験を踏まえて、わが国は核兵器を①持たず、②作らず、③持ち込ませずの「非核三原則」を国是としてこれを堅持し、原子力基本法では核兵器の製造や保有を禁止し、さらに、核兵器不拡散条約(NPT)を締結し、非核兵器国として核兵器の製造や取得をしないなどの義務を負っている。

 これらを背景に、日本は、核兵器国と非核兵器国の双方に働きかけを行うことを通じて、「核兵器のない世界」を実現するために、官民一体となって国際社会を主導していくよう努めてきた。

 しかし、そのようなわが国の努力を嘲笑い、また、オバマ大統領が提唱する「核兵器のない世界」に逆らうかのように、国際社会では核が拡散し、その脅威が増大する現実が顕になっている。

 特に日本およびその周辺地域は、核実験やミサイル発射を繰り返す北朝鮮によって「かつてなく重大で、眼前に差し迫った脅威」に曝され、わが国は戦後最大の安全保障上の危機に直面している。

 それでもなお、悲惨な被爆体験による核アレルギーとそれに根差した歴代政権の厳格な核政策によって、国民の間にも、また、日本の安全保障・防衛に責任をもつ政府・与党の間にも、現状から一歩でも踏み出した論議を行おうとの前向きな動きは見られない。

 長い間、核をタブー視してきたツケか、日本全体が世界の現実を直視する勇気をなくし、すっかり世界へのリアルな現実認識を欠くようになってしまったかのようである。