今になって思い返せば、あのさわやかな夏の朝、ジューが大胆な夢を描いていたのは明らかだ。彼に尋ねたことがある。当時10億人のユーザーがいたユーチューブやその他2つのアプリ、ライブ配信ができるペリスコープ、ショート動画共有サービスのヴァインに殴り込みをかけるつもりなのかと。

 彼は平然と、ミュージカリーは長い間この3つのアプリと競い合ってきたと思っていると答えた。彼はミュージカリーのユーザー基盤や利用者層に非常に満足していた。

 当時のユーザーの75パーセントは女性で、そのうち54パーセントは24歳未満――それは「想像しうるかぎりで最高のユーザー基盤」なのだ。「彼女たちには自由な時間があり、クリエイティブで、かつソーシャルメディアから片時も離れられない」と彼は説明してくれた。

 ユーザーの大多数はティーンエイジャーで、最も利用頻度が高いのは13歳から20歳、平均年齢は毎月徐々に上がっていく――ティーンエイジャーや子供たちがこのアプリを両親や祖父母に紹介し、彼らと一緒にミュージック動画を撮るからだ。

 このときの洞察が私の心によみがえったのは、3年半後ティックトック・イギリスの社長に、2019年はこのアプリにとって変革の年でしたねと話しかけたときだった。それまではクリスマスツリーのまわりでモノポリーを始めていた家族が、ティックトックの撮影をするようになったのだ。

「コミュニティを構築するのは、国家を運営するのと非常によく似ている」2016年のインタビューでジューはそう話した。「一からコミュニティを築き上げるのは、新天地を発見するようなもの。まずその国に名前を付け、そこに経済を築きたければ、人口を生みだし、よその土地からの移住を誘い込む」

 その当時、よその国ははるかに賑わっていた。そのなかから、ジューは経済がすこぶる順調なインスタグラムとフェイスブックを選び出した。ミュージカリーには人もいなければ、経済も存在しなかった。では、彼はどうやって人々を引きつけたのか? ずっとよその世界に目を向けてきたジューは、ある昔ながらのアイデアを利用した。アメリカンドリームの約束だ。

 フェイスブックやインスタグラムといった古い世界では、社会階級がすでに確立されており、人気度において普通の人が上に上がれるチャンスはほとんどなかった。それはユーチューブが長年抱えてきた問題である。

 調査によると、グーグル傘下のプラットフォーム(ユーチューブ)に動画を投稿する人たちの96.5パーセントはその動画に対する広告収入では十分に稼げず、貧困ラインに達してしまう。「その社会で階級を上げるチャンスはほぼゼロだ」とジューは説明する。