「2025年の崖」で見込まれる年12兆円の経済損失

 経済産業省によると、大企業の基幹系システムの約6割が、2025年までに導入してから21年以上が経過し、時代遅れになる。中小企業でも今後、同じような課題を抱える。仮に、複雑化・老朽化・ブラックボックス化した既存システムが残存した場合、25年以降、毎年12兆円の経済損失になるという8。この問題は「2025年の崖」と呼ばれ、対策が急がれている。

 地方自治体も同じ状況にある。過去数十年、「行政のデジタル化」と言われ、各地方自治体もシステム開発をしてきたが、同じような行政業務を行っているにもかかわらず、各自治体がバラバラにシステムを開発してきた。その結果、国全体で新制度をスムーズに展開することができなくなった。そこでデジタル庁は2022年に「地方公共団体情報システム標準化基本方針」を策定し、25年末までに地方自治体の基幹業務システムを統一・標準化することを決め、予算も7000億円を用意した。だが、この計画も順調には進んでおらず、すでに10%以上の自治体から「期限内の完遂は困難」という声があがっている。

 期限内の完遂が困難と答えた171自治体の大半は、大規模自治体だ。20ある政令指定都市は、すべて困難と回答。中核市でも39%、一般市で10%、町村で4%だった9。皮肉なことに、IT化を積極的に進めてきた大規模自治体のほうが、システム構成が複雑になり、容易に変えられなくなっている。

「2025年の崖」問題に対処するには、2025年までにシステム改修を集中的に行うしかない。だが、従来と同じようにシステム改修を個別最適で実施してしまうと、将来再び同じ問題を引き起こすことになる。それを防ぐためには、事業の将来を見通したうえで、組織全体で最適なシステムを設計し、さらに既存の業務フローにシステムを合わせるのではなく、システムのほうに業務フローを合わせる業務改革も必要となる。課題はこれらのIT人材をどのように全国で確保するかだ。

 経済産業省の試算によると、2025年までにIT人材の不足は約43万人までに拡大する見込みだ。さらに、生成AIの活用も含めた業務改革まで行おうとすると、さらに多くのIT人材が必要となる。いまの日本には、圧倒的にIT人材が不足しており、これに対する危機感が、企業側でも、学校教育側でも薄い。

 複雑化の問題を抱えているのはITシステムだけではない。日本では、職場での技能も複雑化し、そしてブラックボックス化されてきた。その状態で熟練の高齢者が退職していけば、これまでできていた「当たり前の仕事」もできなくなっていく。これを「技能伝承クライシス」というが、最近、工場や工事現場で増えている事故は、技能伝承ができずに仕事の品質が低下してきていることも一因だ。まさに日本の安全神話が崩れ去ろうとしている。人手不足の中で、安全神話を維持していくためには、ブラックボックス化した技能を形式知にして、IT化していく以外に道はない。

8 前掲書

9 デジタル庁(2024)「地方公共団体の基幹業務システムの統一・標準化における移行困難システムの把握状況について」

<連載ラインアップ>
第1回 各国政府や企業も注目する課題解決のための概念、「ウェディングケーキ・モデル」とは?
第2回 Off-JT投資額は主要国最低、日本企業は「21世紀の産業革命」をリードできるのか?
第3回 生態系破壊による経済損失は世界GDP過半の44兆ドル、影響が甚大な8業種とは?
第4回 アパレルブランド「パタゴニア」も注目する「リジェネラティブ農業」とは?
第5回 雇用は700万人の純増、サーキュラーエコノミー化による業種・産業への影響とは?
■第6回 経済損失は年12兆円、大企業や行政は「2025年の崖」問題にどう対処すべきか?(本稿)


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