格差や分断、気候変動、環境破壊、人口減少…。
さまざまな問題が山積する中、「サステナビリティ=人類社会の存続」の実現に向け、エネルギー革命やサーキュラーエコノミー、AIの活用など「新たな産業革命」の兆しが見え始めている。その大波が産業や雇用、社会や教育のあり方を激変させることは間違いない。
本連載では、『データでわかる2030年 雇用の未来』(夫馬賢治著/日経BP 日本経済新聞出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。データをもとに将来の社会を展望しつつ、来たるべき変化にどう備えるべきかを考える。
第6回は、ICT導入が期待されたほどの成果を上げていない日本特有の事情を探る。
<連載ラインアップ>
■第1回 各国政府や企業も注目する課題解決のための概念、「ウェディングケーキ・モデル」とは?
■第2回 Off-JT投資額は主要国最低、日本企業は「21世紀の産業革命」をリードできるのか?
■第3回 生態系破壊による経済損失は世界GDP過半の44兆ドル、影響が甚大な8業種とは?
■第4回 アパレルブランド「パタゴニア」も注目する「リジェネラティブ農業」とは?
■第5回 雇用は700万人の純増、サーキュラーエコノミー化による業種・産業への影響とは?
■第6回 経済損失は年12兆円、大企業や行政は「2025年の崖」問題にどう対処すべきか?(本稿)
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ICTで労働生産性が上がった業種、上がらなかった業種
少子高齢化で人手不足に苦しむ日本にとって、本質的に重要なのは、GDPを分子とした労働生産性ではなく、「生産量」を分子とした労働生産性のほうだ。デフレによる物価の影響を排除し、純粋な労働生産性をみると、業種ごとに傾向が違うことがわかる(下図)。
まず2010年以降に大きな改善をみせた業種が、金融、化学、宿泊で、30%から40%も労働生産性が上がった。これらの業種では、ICTを活用し、自動化や省人化がスムーズに進んだと言える。
反対に、電子部品、飲食、不動産、卸売、金属製造では、2010年以降に、むしろ労働生産性が大幅に悪化している。労働生産性改善が経営課題として認識されてきたにもかかわらずだ。さらに、それ以外の業種でも、10年から労働生産性がほぼ横ばいで、業務改革が思うように進んでいない。
労働生産性が改善されていない業種では、ICT導入が全く進んでいないというわけでもない。2017年の時点で、日本企業のうち87%がパソコンを活用しており、74%が情報システムを導入している6。多くの企業はすでにITを活用した経営を行ってはいる。真の課題は、いったんは導入したICTが、高度化されていっていないということにある。
この状況を経済産業省は、次のように表現している。
「DX(著者注:デジタル・トランスフォーメーション)によりビジネスをどう変えるかといった経営戦略の方向性を定めていくという課題もあるが、そもそも、既存システムが老朽化・複雑化・ブラックボックス化する中では、データを十分に活用しきれず、新しいデジタル技術を導入したとしても、データの利活用・連携が限定的であるため、その効果も限定的となってしまうという問題が指摘されている7」。
ICT活用のために日本企業が導入してきた情報システムの多くは、各事業部が既存の業務フローに合わせて個別に開発したことが原因で、会社全体でのシステム統合が難しくなっている。さらに、システムを改修しようとしても、開発したときの社内担当者やベンダー側開発者はすでに退職してしまっている。システム開発の文書化も十分にされていないため、システムの中身を把握することもできない。この状況でシステムを改修するには、膨大な労力と費用がかかるため、結果的に既存システムを使い続ける道を選んでしまう。そうこうしている間に、ノウハウを持った社員がさらに退職していく。これでは労働生産性は上がらない。
6 総務省(2017)「ICT利活用と社会的課題解決に関する調査研究」
7 経済産業省(2018)「DXレポートーーITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開」