DX(デジタルトランスフォーメーション)が注目されて久しい。新規事業の創出などをDXの成果に掲げている企業も多い。だが、なかなか成果に結びつかない、との声をよく聞く。その理由はどこにあるのか。成否を分けるマネジメント層の考え方や行動とは。HR Tech領域で存在感を示すパーソルキャリアで、サービス開発に携わる大澤 侑子氏と、同社と共創したKDDIのメンバーがそのポイントを語り合った。
既存事業と大きく異なる
新規事業を生み出すには
パーソルキャリアは2019年9月、法人向けの新規サービス「HR Spanner(エイチアールスパナ―)」(β版) をリリースした。同サービスは、中途、新卒を問わず、採用した社員の定着支援に着目したものだ。
アンケートの配信により入社した者の悩みを早期に把握するとともに、回答結果を基に入社者一人一人をフォローすることができる。結果のレポート表示や情報の分析により、自社の採用活動や受け入れ体制の見直し・強化が可能になる。有効求人倍率が高止まりし、人材採用がますます難しくなる中、多くの企業のニーズは、定着支援にシフトしている。それに応える利便性の高いサービスと言えるだろう。
この画期的な「HR Spanner」のリリースに当たって、大きな特徴はその企画、およびプロトタイプの開発を、KDDIとの共創で行ったことだ。
パーソルキャリアで同サービスのプロダクトオーナーを務めた大澤 侑子氏は、その理由を次のように語る。
サービス企画開発本部 サービス企画統括部
エキスパート
大澤侑子氏
「当社自身、これまでさまざまなプロダクトのシステム開発を行ってきました。しかし、そのほとんどはいわゆるウォーターフォール型のものでした。社内の情報システム部門は各事業部からの要請を整理する役割で、実際の構築は外部のベンダーさんにお任せしている状態でした。そういう点では、ゼロからイチを生み出すよりも、どちらかというと既存の事業をブラッシュアップするほうが得意な社員が多い状況でした。ならばいっそ外部の力を借りようと考えたのです」。
思い切った決断を行った背景には、同社の戦略があるという。同社はパーソルグループの「リクルーティングセグメント」中核会社として、-人々に「はたらく」を自分のものにする力を-をミッションとし、転職サービス「doda(デューダ)」やハイクラス人材のキャリア戦略プラットフォーム「iX(アイエックス)」をはじめとした人材紹介、求人広告、新卒採用支援などのサービスを提供している。さらに、近年ではミッションをより実現に近づけるために、これらに続く新たな領域で事業の柱を増やすことが必要、との思いを強めている。
「『HR Spanner』のみならず、筋のいい新規事業を継続して生み出していける仕組みを社内に構築したいと考えました。そのためには、従来のウォーターフォール型ではなく、市場の変化に合わせて柔軟、かつ、スピーディな企画開発ができるアジャイル型で進める必要があると感じていました。そこで、これらの領域で実績があるだけでなく、プロジェクトを通じて、企画開発のノウハウを学べるようなところにパートナーになってほしいと思い、いくつかの企業に声を掛けました。そのうちの1社がKDDIでした」。
KDDIを選んだ理由はどこにあったのだろうか。「企画だけでなく、システム開発まで一気通貫で対応してくれる体制が整っていることですね。『企画までしかできません。その後のシステム開発については、エンジニアの工数を確保できるかどうかわからないので。』という企業では、企画倒れや、実証実験まではできたものの事業化直前で頓挫するよくあるパターンに陥りかねませんから」(大澤氏)。
アジャイル型企画開発分野で
豊富なリソースを有するKDDI
「KDDIを選んだもう一つの理由は、KDDIは新規ビジネス創出に関してノウハウや経験が豊富だということです。KDDIとして提供できることではなく、私たちの実現したいことを中心に考えてくれる。私たちが『こんなことをやりたいんだけど』ということをつぶやくと『それはこういうことですか』とすぐにボールを返してくれました」と大澤氏は振り返る。
新規事業の開発など新たなDXを起こそうとする場合、プロジェクトの最初には完成形が見えていないことも珍しくない。
経営戦略本部
KDDI DIGITAL GATE OSAKA
ビジネスデザイナー
宮永峻資氏
KDDI 経営戦略本部 KDDI DIGITAL GATE OSAKA ビジネスデザイナーの宮永 峻資氏は「まずは、ワークショップを通じて、パーソルキャリアが目指す方向はどこなのか、さらにそこからどのようなサービス開発が可能なのかといったフェーズへシフトしていくことにしました」と振り返る。
大澤氏は「モノのつくり方が私たちと全く違うというか、目からうろこが落ちるようなこともたくさんありました。特に、私たちの実現したいことを明確にしていくプロセスはさすがの一言で、さまざまなバックボーンを持ったプロジェクトメンバーの意見を見事に集約、整理してもらいました。また、この経験を当社内に持ち帰るために、プロジェクトにはパーソルキャリアのさまざまな部署からメンバーが参画していましたので、当社内でサービス開発を進める際にも大いに役立ちました」。
さらに特徴的なのは、大澤氏も指摘したように、そこで出たアイデアを即座に形にできる体制がKDDIには用意されていることだ。
経営戦略本部
KDDI DIGITAL GATE
マネージャー
佐野友則氏
KDDI 経営戦略本部 KDDI DIGITAL GATE マネージャーの佐野 友則氏は次のように話す。「当社では早期からアジャイル型企画開発の重要性に注目し、取り組みを進めてきました。2013年にはウォーターフォール型からアジャイル型への開発体制の変革に着手し、2016年にはアジャイル開発センターを設立しました。さらに最近では、『auでんき』など当社自身のサービス開発もアジャイルで行っています」。
国内におけるアジャイル型企画開発の実績でもKDDIはパイオニア的存在だ。もちろん、改めて言うまでもなく、同社には、5Gなどの通信技術はもとより、グループ企業も含め豊富な技術リソースを有している。「HR Spanner」の開発においても、KDDIのこれらの強みが存分に発揮された。
大澤氏は「朝10時にミーティングで決めたことが、夕方にはプロトタイプとなって出てくる。このスピード感がアジャイル型企画開発のメリットなのかと大いに驚きました。特にKDDIの開発チームのエンジニアは、私たちがあいまいな表現で伝えたことでもその意図をくみ取り具体的な形に仕上げてくれました」。
新規事業の成功を左右するのは
経営トップのコミットメント
「HR Spanner」は昨年9月にβ版をリリースし、今は本格的な販売開始を目指して最終的な調整を行っているところだ。
「これまで当社がやってきたウォーターフォール型のやり方では、これだけの短期間で事業化はできなかったと思います。KDDIにパートナーに入ってもらってよかったと感謝しています」と、ここまでを振り返る。
DXというキーワードを掲げるかどうかを別にしても、多くの企業で新たな収益の拡大を目指して改革や新規事業の創出に取り組んでいることだろう。だが、残念ながら多くのプロジェクトがPoC(概念実証)の段階で勢いを失い、事業化までたどり着けない。
パーソルキャリアがこれをクリアした要因はどこにあるのか。大澤氏は「決め手になったのは当社の経営陣のコミットメントだと思います。先ほどお話ししたように、当社自身が新規事業を生み出すという強い決意を持っています」。
宮永氏は「最初の『握り』といいますか、プロジェクトのメンバーが同じ方向を向いて、共通言語で話ができることが大切です。その点で大澤さんは常に『ユーザーはそれで使いやすいのか』『お客さまはこれでお金を出したいと思うのか』といったユーザー目線の軸がブレなかったので、当社が持っているユーザー目線での開発のノウハウが生きたのではないかと思います。今回、プロトタイプ開発を支援させてもらいましたが、パーソルキャリア様のご要望にはお応えできたと思っています」。
アジャイル型企画開発の大きな特長はその意思決定のスピードだ。まさにいい意味での「朝令暮改」で、短期間でPDCAを回し、求める理想に近付けていく。
これについて佐野氏は次のように付け加える。「せっかくアジャイル型企画開発で進めようとしているのに、『会社に戻って上司に確認しないと』というのではなかなか先に進みません。その点でパーソルキャリア様では、トップが大澤さんに権限を委譲し、ほとんどのことがその場で決裁できました。大澤さんが話されたように、経営陣のコミットメントがあったからだと思います」。
プロジェクトメンバーはもちろんのこと、ミドル層、経営陣まで、いかに「本気」でDXに取り組めるかが成否を分ける。大澤氏は「選ばれたプロジェクトメンバーが社内で孤軍奮闘するのではなく、さまざまな部署と連携し、全社を巻き込んだ取り組みにすることも大切です。今回当社では、営業部門からの自発的な協力を得て、β版の段階から実際にお客さまに使っていただいて意見をいただく貴重な機会も得られました」と話す。
当初の目標の一つであった「新規事業を生み出す文化の醸成」についてはどうだろうか。「当社はこれまで、どうしても既存のお客さまのご要望に応えるというビジネススタイルでした。今回のプロジェクトを通じて、新たなお客さまの目線、新たなユーザーの目線で考えるという思考が身に付きました。ワークショップに参加したメンバーにとっても、多くの学びを得られた場になったのではないかと思います」と大澤氏は話す。
「新規事業がなかなか事業化までたどり着けない」。そう悩む企業の経営者にとって、今回のプロジェクトが残した教訓は大きい。
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