食欲とは何か? 脳との情報伝達が織りなす情動

考究:食と身体(2)知恵の神ミネルヴァ・伝令の神マーキュリー篇

2018.05.25(Fri) 大平 万里
筆者プロフィール&コラム概要

眠りと関わりある脳内物質も食欲に作用

 さらに、食欲の増減には24時間周期があることも分かっており、これには「オレキシン」という脳内物質が関わっている。オレキシンは覚醒状態を維持するために必要な物質で、この物質がうまく脳内で働かないと、突発的に眠ってしまうナルコレプシーという睡眠障害を引き起こす。つまりは就寝時には食べようにも食べられないわけだから、起きて活動している間に食欲が起こるようにオレキシンは作用しているのである。

 私たちは、空腹になったときに自分の意志で食べているような気になっているが、実はマーキュリーとミネルヴァの間で交わされる伝令時刻に合わせて食事をしているに過ぎないともいえるのだ。

空腹でなくとも「情」「意」により食欲は起きる

 ここまでは、胃袋に食物が入った(あるいは入らなかった)後の食欲の調節機構の話であった。これは、生きるために必要なエネルギーの量を適切に保つための食欲なので、「恒常的摂食調節」と呼んでいる。いわば、体内のさまざまな情報を私たちが意識していないところで統括し、最善の状態を維持しているミネルヴァ(脳)の「智」の側面だ。

 しかし、実際の私たちの食生活はそう単純ではない。例えば、昼食を食べたばかりで腹いっぱいであっても、商店街から漂ってくる香ばしい油の臭いによって、無性にコロッケが食べたくなることもある。外的な刺激や過去の記憶によって食欲が喚起されるのだ。

 このように発生する食欲は「快楽的摂食」と呼ばれ、意識的な食行動を促す大きな要素になっている。いわば、体外の誘惑に葛藤するミネルヴァの「情」と「意」の側面であり、ここを発端として冒頭の『草枕』のような「食と身体」の世界になる。そして、そのような快楽的摂食に、嗅覚・味覚が重要な引き金となることは、コロッケの例を出さずとも容易に想像がつくだろう。

 次回はこの嗅覚・味覚について語っていこう。

第3回へ続く

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1964年東京生まれ。生物・化学系ライター。熊本大学理学部生物学科卒業。北海道大学理学研究科博士課程修了。博士(理学)。旧工業技術院(現・産総研)、秋田県立農業短大附属属研究所などの流動研究員、高校教諭等を経て現在に至る。最近はその辺に転がる岩石の来歴が気になってしょうがない。


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