食欲とは何か? 脳との情報伝達が織りなす情動

考究:食と身体(2)知恵の神ミネルヴァ・伝令の神マーキュリー篇

2018.05.25(Fri) 大平 万里
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レプチン、グレリン・・・ホルモンが食欲を司る

 では、その食欲の中枢に影響を与えているのは、消化器の状態と血糖値の他にないのだろうか。実は、食欲制御に大いに影響を与える新たな要因が、1994年に発見されたのである。それは、脂肪細胞から分泌される「レプチン」というホルモンだ。

 ホルモンとは、体液(主に血液)を介してそのホルモンの受容体がある細胞に情報を伝え、その細胞を変化させる分子のことである。ホルモンは言ってみれば特定の住所に手紙を届ける伝令役、そう、まさにマーキュリーのような特徴を持った分子なのだ。神経のみならずホルモンをも駆使するとは、有能な伝令使マーキュリーの面目躍如である。

 レプチンの受容体は、先の摂食・満腹中枢のすぐ下の「弓状核(きゅうじょうかく)」という場所にあり、そこにレプチンが作用すると摂食が抑制される。レプチンの発見によって、食欲制御の本当の中心はこの弓状核にあり、弓状核の変化が従来の摂食・満腹中枢とされていた部位へ伝わり、最終的に食欲が形成される、というふうに考えられるようになった。

 他に、十二指腸や小腸・大腸から分泌されるホルモンのいくつか、例えばコレシストキニン、グルカゴン様ペプチド-1、ペプチドYYなどにもレプチンと同じように食欲抑制の作用があることが分かっている。これらのホルモンは、消化管での食物の消化や吸収によって分泌が刺激され、レプチンと連携しながら食欲を抑制させる方向へ働く。

脳における視床下部と弓状核の位置。

 一方、食欲を増進させるホルモンもある。その名は「グレリン」。マーキュリーは、状況に応じたさまざまな手紙を配達するのである。グレリンは、空腹時の胃から分泌されるホルモンで、食欲の中枢である弓状核に作用して、レプチンとは逆に摂食を促すように作用する。

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1964年東京生まれ。生物・化学系ライター。熊本大学理学部生物学科卒業。北海道大学理学研究科博士課程修了。博士(理学)。旧工業技術院(現・産総研)、秋田県立農業短大附属属研究所などの流動研究員、高校教諭等を経て現在に至る。最近はその辺に転がる岩石の来歴が気になってしょうがない。


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