食欲とは何か? 脳との情報伝達が織りなす情動

考究:食と身体(2)知恵の神ミネルヴァ・伝令の神マーキュリー篇

2018.05.25(Fri) 大平 万里
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 しかし、胃を切除した人でも普通に食欲が生じ、何も食べてないのにブドウ糖を点滴することで空腹感が収まることが分かっている。胃袋がない状態、もしくは何も食べていない状態でも食欲が発生するなら、食欲の発生源はどこにあるのか?

 まだまだ不明なことも多いが、脳が重要な鍵を握っていることは間違いない。神経や血液を介して、消化器や血中の情報が脳へ届いて、食欲という感覚が発生していると考えられているのだ。

 ここで、知恵の神ミネルヴァと伝令の神マーキュリーに登場してもらおう。「知恵の神」といってもミネルヴァは思慮深い理知的な存在としてだけでなく、華々しい武勇伝や他の女神に嫉妬するような面もあり、相矛盾する智・情・意を包含している最強の女神である。ここはやはり、体内のさまざまな情報を統合している脳の象徴として、ミネルヴァを当てはめるのが自然だろう。

 一方、マーキュリーは神々の伝令使である。そして、伝令使のみならず商人、旅人、発明家などさまざまな側面をもつトリックスター的な存在である。このことを思えば、マーキュリーは脳と各臓器との情報の伝達を担う、多種多様な末梢神経の象徴といえよう。

脳の中心部に、摂食と満腹の中枢あり

 さて、一口に「脳」といってもさまざまな部位がある。食欲を制御している中枢は、脳の中心部に近い視床下部という部位にある。そして、(動物を使った)神経の破壊実験などから、視床下部内には食欲を増進させる摂食中枢と食欲を抑制する満腹中枢があることも分かった。

 正反対の指令を出す中枢がそれぞれあるということは、食欲はON/OFFで単純に制御されるものでなく、摂食中枢と満腹中枢の活動のバランスによって決められているということになる。まさに、相矛盾する要素をみずから平定するミネルヴァを髣髴(ほうふつ)とさせる。

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1964年東京生まれ。生物・化学系ライター。熊本大学理学部生物学科卒業。北海道大学理学研究科博士課程修了。博士(理学)。旧工業技術院(現・産総研)、秋田県立農業短大附属属研究所などの流動研究員、高校教諭等を経て現在に至る。最近はその辺に転がる岩石の来歴が気になってしょうがない。


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