実はこんなにイカを食べている日本人

「異変」のイカ、過去と未来を見る(前篇)

2017.05.19(Fri) 漆原 次郎
筆者プロフィール&コラム概要

 江戸では屋台でもイカが売られてもいた。1805(文化2)年成立、鍬形蕙斎筆の『職人尽絵詞』には、当時のファストフード店「天麩羅屋」と、おでんのたねが並んだ「四文屋」を脇に、「鯣屋(するめや)」の屋台が描かれている。イカを専用の焼き器のような道具で炙り、竹串に刺して食べさせていたようだ。

鍬形惠斎画『職人尽絵詞』より。(所蔵:国立国会図書館)

塩辛、塩イカ、珍味・・・ほかにも加工品さまざま

 イカは“足が早い”食べもの。活イカで食べるには時間的・地域的な限界があった(今もある)。だが、それにより、かえって加工品が多様化したともいえよう。スルメのほかにもいろいろとある。

 イカの塩辛は、塩や発酵作用を使って10日から20日ほど熟成させた保存食。平安時代の書物に塩辛の記述が残っているが、おそらく、それよりはるか前から古の人たちはイカを塩漬けで味わっていたことだろう。

 スルメイカのワタを抜いて茹でて皮むきして塩漬けで一晩だけ寝かせる「塩イカ」という加工品もある。海のない長野県で「煮イカ」とともに、今も食べられている庶民の味だ。

 つまみの定番はイカの乾燥珍味。「さきイカ」や「イカのくんせい」などだ。製品として開発されたのは1950年代から1960年代という。当初、北海道など北日本のみでつくられていたのが、首都圏や西日本へもさかんに流通するようになった。酒屋やコンビニエンスストアに行けば必ず売られていることからすると、静かなロングセラーといってよいだろう。

光と影を利用して一挙に獲る

 イカ漁なしにイカは食べられない。そこで漁の歩みも追ってみたい。

 擬餌針を使いスルメイカを釣る漁法は、1458(長禄2)年、佐渡ヶ島の両津港に原型が見られたという。佐渡は昔も今もイカ漁が盛んで、明治時代には「ソクマタ」「トンボ」「ツノ」といった釣具が使われだした。これらを使った手釣りの漁法は、明治期に全国に伝わったという。

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1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。著書に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)、『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』(洋泉社)、『模倣品対策の新時代』(発明協会)など。


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