実はこんなにイカを食べている日本人

「異変」のイカ、過去と未来を見る(前篇)

2017.05.19(Fri) 漆原 次郎
筆者プロフィール&コラム概要

 動力船を使って、いかりで固定しない形でイカ漁が行われるようになったのは、たとえばスルメイカ漁で有名な函館では1938(昭和13)年から。これで漁場は広がったが、当時もまだ釣糸1本に疑似針1個の地道な手釣り漁法だった。戦後、昭和20年代には、複数の疑似針が連なった方式が、さらに昭和30年代には、擬餌針が10個から40個ほど連なった糸をドラムで巻き取る方式が行われるようになった。そして現在では、定置網や底引き網などを使った漁法でも漁獲されている。

 たいていイカ漁は夜、漁火を使って行われる。江戸時代以前から松明(たいまつ)や篝火(かがりび)が使われ、明治時代後半からは石油などの燃料による光源が使われだした。さらに灯は、白熱灯、ハロゲン灯、メタルハライド灯と進歩し、いまは部分的に発光ダイオード(LED)も使われている。

 イカは夜、月や星の明かりが届く薄暗い場所を求めて海底から上がってくる。そこで灯を感じると、眩しすぎるので暗いところを探す。そこでイカたちがたどり着くのは光の届かない船の真下だ。人間からしてみれば、船の中央に灯を並べて灯せば、光の届かない船の真下の薄暗がりに集まるイカたちを一挙に獲ることができる。

イカ釣り漁船の中央に灯が並ぶ。函館市内の入船漁港にて。

「あれば食べる」イカに訪れた異変

 イカをさまざまに進歩する漁法で獲り、そしてさまざまな形で食べてきた。そして日本近海では太平洋側も日本海側もイカが獲れる。私たちは総じてイカに恵まれてきたのだ。「あれば食べる」という感覚も故なしとしない。

 ところが、そんなイカに「記録的な不漁」が起きているという。海で、何が起きているのだろうか。今後もイカは身近な食材であり続けるのだろうか。

(後篇へ続く)

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1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。著書に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)、『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』(洋泉社)、『模倣品対策の新時代』(発明協会)など。


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