SDGs達成のためにも
「人間の安全保障」実現は不可避な国際課題

 2016年度および2017年度の2年連続で採択された上智大学の2017年度研究ブランディング事業は「『人間の安全保障』実現に取り組む国際的研究拠点大学としてのブランド形成」。そして、この事業の中核を担う拠点として設立されたのが人間の安全保障研究所である。同研究所の所長を務める経済学部教授・青木研氏はこう語る。

上智大学 経済学部 経済学科 教授
青木 研 氏

「人間の安全保障という概念が国際社会に登場したのは1994年のことです。その後、当時国連難民高等弁務官を務め後に国際協力機構(JICA)理事長を務めた緒方貞子氏と、インドの経済学者でありノーベル経済学賞受賞者でもあるアマルティア・セン氏が共同議長を務めた『人間の安全保障委員会』の2003年最終報告書による概念の精緻化を経て広く用いられるようになりました。以来、「欠乏からの自由」、「恐怖からの自由」に加え、「尊厳ある人間生活」という3つを目指していく営みが本格化し、今に至っているのです」

 2015年に国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)が今や国際社会における明確な指標となって国家、企業、個人を動かしているが、それよりも20年以上前から「人間の安全保障」の実現という問題提起はなされてきたわけだ。しかもその出発点に元上智大学名誉教授でもある 故 緒方貞子氏が深く関わっていたのである。

 上智大学は2019年11月に来日した教皇フランシスコが日本での最後のスピーチの場に選んだことからもわかるように、日本最古のカトリック系大学。1913年の建学以来、上智(人を望ましい人間へと高める最上の叡智)の名のもと「他者のために、他者とともに」を教育精神とし、学際的ネットワークを重んじながらグローバル社会への貢献を目指してきた。これまでにも総合グローバル学部やグローバル教育センター、国際協力人材育成センター等々の設立を通じて「国際性豊かな大学」としてのブランドを醸成してきたが、今一度「何に取り組む国際的大学となるのか」を突き詰めた結晶の1つが今回の事業だという。

「人間の安全保障研究所の研究は大きく分けて5つのユニットから形成されています。貧困、環境、保健・医療、移民・難民、平和構築です。そもそも本学にはこれらの領域を専門とする教授陣や研究者が多数集まっていましたから、『人間の安全保障に関わる国際社会の問題解決に貢献していく』という共通のゴールを目指して結集した形になっています」

貧困、環境、保健・医療、移民・難民、平和構築の各ユニットが目指すもの

 では、各ユニットではどんなテーマを掲げているのだろうか? 『人間の安全保障と平和構築』の編著者でもあるグローバル教育センターの東大作教授は以下のように平和構築ユニットについて語る。

上智大学 グローバル教育センター 教授
東 大作 氏

「私はこれまで研究の一環として南スーダンやイラク、アフガニスタンなど、いわゆる紛争地帯の現場でも調査をしてきました。どうすれば、国家の再建を通じて持続的な平和を築き人々の安全を守っていけるのか、ケース横断的に調査することで、日本も含めた国際社会は何ができるのか、追究しています。特に、どうすれば敵対勢力が和解し共存できるのかという「包摂性」の問題に焦点をあて調査を行っています。また日本は戦後、平和主義を掲げてきたことで、紛争当事者の対話を促進できる信頼を得ていると感じることが多々あります。こうした対話の促進者(グローバル・ファシリテーター)としてどんな役割を担えるかも、研究・提言しています。」

 一方、環境ユニットを担う堀江哲也准教授は、15歳の環境活動家として世界中から注目されたグレタ・トゥーンベリさんが示すアクションに着目する。

上智大学 経済学部 経済学科 准教授
堀江 哲也 氏

「グレタさんが先日のCOP25などで怒りのスピーチを展開する姿は衝撃的でした。約20年間、気候変動が将来世代にもたらしうる被害を軽減するための対策が国際的に議論されてきました。しかし現在でも、その対策整備の速度は十分には得られていません。20年前の議論に登場していた“将来世代”が、まさに今のグレタさんです。『あの頃の将来世代が口を開ける日まで、とうとう我々は対策を遅らせてしまった』というのが私の印象。日本は所得上では先進国ですが、気候変動対策上では遅れています。そこでこれからの対策の設計・実施の一助になるために、これまでの各国の気候変動対策が企業行動にどのような影響を与えてきたのかということから研究を行っています」

 日本もSDGsを推進する主体であるという積極的な意識を持って、ファクトをしっかりと測定しようという姿勢は、貧困ユニットを担当する倉田正充准教授にも。

上智大学 経済学部 経済学科 准教授
倉田 正充 氏

「貧困というと多くの人は金銭的な欠乏をイメージするでしょう。しかし途上国であれ先進国であれ、現代社会の貧困はずっと多元的です。仮にお金を持っていたとしても、近隣に学校や病院が無いために適切な教育・医療サービスが受けられない地域というのが世界にはたくさんあります。例えばUNDP(国連開発計画)が提示している多次元貧困指数という概念でそのような貧困の複雑さも測定されつつありますが、金銭面だけでなく『実際に何が不足しているのか』という事実に基づいた貧困の実態をしっかりと測定し、その解決策のあり方を探っていきたいです」

5つのユニットを連動させながら
国際的リーダー人材をも輩出していく

 所長である青木教授は、今後の研究所の活動ビジョンとして3つのフェーズを経ていきながら発展を目指すという。

「5つのユニットが携わる領域には、各々固有の問題があります。しかし、人間の安全保障を脅かしている原因の多くは多様な欠乏の連鎖によるもの。例えば環境の破壊が貧困を呼び、それが紛争の火種となって平和を揺るがせ、難民を生み出しているような実態が世界各所に存在しているわけです。その実態の根深さを研究所に集ったメンバーの全員が痛感してもいます。ですから、第1段階としては各ユニット毎にテーマを設定しつつも人間の安全保障との関連を明確にしながら研究を行い、第2段階からユニットを超えたクロスオーバーな研究も進めていき、最終の第3段階にはすべての領域をまたがる問題解決に寄与できる研究拠点としていきたいと考えています」

UN Photo / Martine Perre

 現状はフェーズ2の途上にいる、と語る青木教授は、今後フェーズ3へ発展しつつ、同時に人材教育やキャリア形成支援の分野とも連携していくという。上智の理念と高い融和性を持つ本事業を発展させながら、SDGs達成へと舵を切った国際社会のリーダーとなる人材輩出の場にもしていく。それこそが「他者のために、他者とともに」なのだと。

<取材後記>

 さまざまな問題が連鎖して脅かされる「人間の安全保障」。決して簡単に解決できるものではないが、グローバル社会への貢献を目指す上智大学だからこそ取り組める事業だと感じた。近年、SDGsへ取り組む企業も増えている中、そうした企業も巻き込んでいくなど、大学という領域を超えて課題解決の先導者となっていってほしい。


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