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 人類史において、新たなテクノロジーの登場が人々の生活を大きく様変わりさせた例は枚挙にいとまがない。しかし「発明(インベンション)」と「イノベーション」は、必ずしも輝かしい成功ばかりではなかった。本連載では『Invention and Innovation 歴史に学ぶ「未来」のつくり方』(バ-ツラフ・シュミル著、栗木さつき訳/河出書房新社)から、内容の一部を抜粋・再編集。技術革新史研究の世界的権威である著者が、失敗の歴史から得られる教訓や未来へのビジョンを語る。

 第1回は、世界的科学者を多数輩出しながらも産業の衰退を招いた旧ソ連と、1990年代以降急速な経済発展を遂げた中国を対比させながら、イノベーションとは何かを考える。

<連載ラインアップ>
■第1回 技術開発の“後発組”中国は、なぜ巨大イノベーションの波を起こすことができたのか?(本稿) 
第2回 イーロン・マスクが提唱する高速輸送システム「ハイパーループ・アルファ」は、本当に実現可能なのか?
第3回 「火星地球化計画」「脳とAIの融合」などの“おとぎ話”が、なぜ大真面目に取り上げられるのか
第4回 自転車、電磁波、電気システム…現代文明の基盤を築いた“空前絶後の10年間”、世界を変えた1880年代とは?

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イノベーションとはなにか――その失敗と成功

「発明(インベンション)」と「イノベーション」という単語の意味は重なる部分も多いが、イノベーションとは新たな材料、製品、プロセス、アイデアを取り入れ、習得し、活用する過程として理解すればいい。

 いくら発明があろうと、それにふさわしいイノベーションをともなわない例も多く、その不協和音が大きい最たる例が旧ソビエト連邦だろう。

 ソ連の名誉のために申し添えるが、かの国は著名な科学者を輩出してきたし、自然科学系のノーベル賞受賞者も8人いる(低温物理学の業績を認められたランダウとカピッツァ、レーザーとメーザーの発明を認められたバソフとプロホロフなど)。さらに国家が軍事技術の研究開発に対して多額の資金投入を優先したため、兵器開発においてはアメリカの進歩に比肩するまでになった。

 かつてソ連は4万5000発の核弾頭を保有していた。また、〈ミグ29〉と〈スホーイ25〉は実戦配備された世界最高の戦闘機に数えられた。アメリカの技術者たちは世界初のステルス機を設計する際に、ソ連の物理学者ピョートル・ウフィムツェフが編みだした方程式を利用し、さまざまな形状の航空機に対する電波の反射を予測していた。

 ソ連はまた世界でもっとも重要なエネルギー部門でもリードしていた。ソ連の科学者や技術者はシベリアに炭化水素が豊富に埋蔵されている土地を発見し、世界最大の石油・ガス産業を発展させ、当時、世界最長だったパイプラインを建設し、ヨーロッパの原油と天然ガスの需要のかなりの割合を満たすようになった。

 しかし、1991年に崩壊を迎える頃には(すばらしいことに武力は行使されなかった)、ソ連は第一次産業から消費者の基本的な需要を満たす産業までにいたる場で、イノベーションのギャップに直面していた。

 鋼鉄は現代文明における主要金属であり、EU、北米、日本の製鋼では1950年代に外部燃料を使わない転炉への転換を進め、1990年代初頭にはもはや平炉は利用しなくなっていた。ところがソ連最後の時代では、1860年代に導入した19世紀の製鋼法を変わらず利用していて、国の粗鋼生産量の半分近くを生みだしていた。